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2011年 03月 23日

おしまい

海外のサッカーチームに所属してる選手たちが、東北関東大震災の被災地を支援する慈善試合のために帰国してるじゃん。
日本代表Jリーグの選抜チームが今月29日に対戦するんだよね?
サッカーはそういうことしてるのに、なんで野球は開幕を遅らせるだの何だのってもめてるの?
某球団の関係者が偉そうな態度で偉そうなこと言うから、余計に反対する人が増えるんじゃないか?
私は野球ファンじゃないから開幕を楽しみにしてる人の気持ちはわからないけど、野球を観て元気が出る人もたしかにいると思うのよ。
素人考えだけどさ、ドーム球場以外のデイゲームとか、ナイターは西でやるとか、何試合やっていつまでに終わらせなきゃいけないとか、こうじゃなきゃいけないって決めつけなきゃどうにかなるもんじゃないの???
でも、その前に・・・海外から選手が来るかどうかは本人と所属チーム次第だろうから別として、「プロ野球選手は野球するのが仕事」とか「プロ野球人として戦って、たくさんの人を喜ばせたい」とか言うならさ、野球も慈善試合とかやればいいのね。
オーナー側は大金が絡むから、そんなことは言ってられないんだろうけど・・・!?



ブルガリアからルーマニアに移動した4日目、時間が足りなくて「大主教教会」はブカレストに戻ってきた日に行くことになった。
小高い丘の上に建ってるギリシャ正教の教会で、3つのドームが特徴なんだって。
でもね、私は見てないの。

ここに着く前、バス車内で添乗員が「質問を聞いて周ります」って一番後ろの席まで歩いて行ったの。
その時点で一番後ろに座ってたピーチャイの腕の痛みは半端じゃなかったようで、同じく一番後ろに座ってたご夫婦が「そんなことより○○さん(ピーチャイ)を前の席と替えてやれよ!」って言ってくれたの。
後ろの席って横に振られるし、振動もあるんだよね。
で、前から3列目くらいに座ってた女性が替わってくれることになったんだけど、赤信号以外でバスが止まることはなく、なかなか席の移動ができなかったんだ。
あとどれくらいで到着するってことも言ってくれないから、「赤信号のうちに・・・」って言ってくれる人もいたんだけど、急に動き出したときが危ないじゃん。
だからピーチャイは、その後も痛みに耐え続けなければならかった。

「もうすぐ到着しますので準備してください」って言われて、私を含めたバスの後ろ半分くらいにいた人たちはホテルに行くんだと思ってたのよ。
外は真っ暗で寒かったし、2日前に見そびれた教会なんて忘れてたんだよね。
上着をはおりながら「ライトアップされてるわけでもないのに」って嫌々行く人もいた。
ピーチャイは「行ってきていいよ」って言ってくれたんだけど、ちょっと行きづらいよねぇ~。
それに暗いと写真もちゃんと撮れないだろうから、写真の上手い人に「私の分もお願いします!」って頼んで、ピーチャイと一緒にバスに残ることにしたんだ。
ドライバーさんと3人でみんなが戻ってくるのを待って、それからやっとホテルへ。

こんな日に限って夕飯はホテル内のレストランじゃなくて、フォルクロアディナーショーのレストランだった。
ピーチャイは食べる気満々だったけど、やっぱり痛みには耐え切れなかったようで、同じツアーの人がくれた雑炊とかスープを食べて、これまたツアーの人がくれた痛み止めを飲んで、氷で冷やしながら寝てた。
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2階もある広いレストランだったけど、私達のツアー以外のお客さんは2・3組しかいなかった。
ドリンク代ってピーチャイからお金をもらってたけど、全員にワインが1杯ずつサービスされて、アルコールが飲めない人からももらったりしたから、ただで2杯飲んじゃった。
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前菜はまぁ~まぁ~美味しかった。
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メインは魚のフライだったから、ほとんど食べられなかった。
レモンをガンガンかけまくったけど、やっぱりフライは・・・(-_-)
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一番美味しかったのはデザートのチョコレートケーキ
これだけは完食しちゃった。
サービスで1人1本ずつミネラルウォーターもあって、ピーチャイが「水があったら持って帰ってきて」って言ってたからってカバンに自分のボトルを入れてたのね。
で、私がトイレに行って戻ってきたら、私の座ってたとこに何本もペットボトルが置いてあった。
ボトルのフタを開けなかった人がくれたらしい。
ん~~~、本当にありがたい(T-T)
カバンに入れまくって、手にも持って、置いてあったのは全部ホテルに持って帰った。
だって、せっかくの気持ちに対して、「持てない」なんて言いたくないもんね!
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翌日、ブカレストからミュンヘンを経由して成田へ。
ブカレストのチェックインカウンターが今までにないくらいダメな感じで、私も久しぶりに切れた。
ルーマニア人ガイドがサービスカウンターで交渉してくれたけど、ミュンヘン~成田間は前から2列目になっちゃったの。
一番前じゃないと、前の人が背もたれを倒したらどうにも動けなくなるし、急に倒されて腕に当たったら・・・ね。
ブカレストかどうにもならないし、ミュンヘン乗り継ぎが延着でギリギリだったから、ミュンヘンからの飛行機に乗ってからピーチャイ自らCAに「一番前が空いてたら移りたい」って言ったの。
真ん中の席だけど一番前が1席だけ空いてて、ピーチャイはそこに移った。
ピーチャイがいなくなった分、私は2席使うことが出来たんだけど、後ろに同じツアーのおばあさんが2人で座ってたから、背もたれを倒すのが申し訳ないような気がして、前が倒しても私は倒せなかったんだ。
ピーチャイの保険に使う書類に付け足してもらおうと思って添乗員を探してたら、見つからないまま一番後ろの席まで歩いて行っちゃったの。
「添乗員さん、どこに座ってるか知りませんか?」って誰に聞いても知らなくて、みんなの口から出るのは添乗員に対しての文句ばかり・・・。
とりあえず用があるから、もう1周してみたんだ。
そしたらね、他の人たちも余裕なく座ってたのに、添乗員は悠々と4席使って寝てたよ。
揺さぶって起こしてやろうかとも思ったけど、それは大人気ないからやめた。
機内が明るくなってから、「お休みのところ申し訳ありません」って声かけたら、すっごいビックリしてた。
見られちゃった!!って思ったのかもねぇ~( ̄ー ̄)

クラブツーリズムの添乗員同行ツアーって、内容も金額も心惹かれるものがけっこうあるんだけど、あんなのに当たったらお金の無駄だしなぁ~。
同じ添乗員に当たる確立は低いと思うけど、できれば申し込む時点で添乗員の名前がわかればなぁ~。
今回は添乗員を外しただけじゃなくて、自分がインフルエンザにかかったり、ピーチャイが骨折したりってイロイロあったから、あんまり良いイメージがないのかもしれないけどね。
そうそう“保険金の支払いをしました”ってハガキが損保ジャパンから届いたんだけど、成田空港のクリニックに支払われた金額は“23310円”だったそうだ。
インフルエンザの検査と薬代が高かったのかもねぇ~。
私が払った保険料は「治療費用2千万円・賠償責任1億円・救援者費用2千万円」で1930円だったじゃん。
インフルエンザよりももっと重い病気で、しかも現地で入院とか手術が必要になったらって考えたら、海外旅行保険に入るって大切だなって思った。
これからは、アジア以外に出かけるときは安心料として入っておこうと思う。

というわけで、ブルガリア・ルーマニアの旅はこれでおしまい!!
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by hiro428 | 2011-03-23 14:33 | '11 ブルガリア・ルーマニア
2011年 03月 22日

ここで・・・

今朝、名古屋の知り合いからお米が届いた。
「東京はお米が買えない」ってニュースを見て、並んで買って、わざわざ送ってくれたそうだ。
地震の翌日には電話もくれたし、本当にありがたいことだよね。
で、うちの周りでは、まだ数は少ないけど、お米、牛乳、納豆、紙類も手に入るようになった。
何件かのスーパーとか薬局とかを周れば買えないものはないんじゃないかって感じ。
でも、スーパーで会った近所のおばさんは「何もないのよぉ~」って言ってた。
私は十分だと思うんだよねぇ~。
飲食店をやってる風の男性は「野菜でも何でも揃ってる(買える)んだけど、客が来るかわかんないんだよな」って言ってた。
たしかに今は外食する気にならないかな。
本当は「活性化するために外食できるならしたほうがいい」ってテレビでは言ってたけどねぇ~。
なかなか気持ちが・・・お酒飲んでも美味く感じないんじゃないかってさ。
でも、まっ、そろそろ気持ちを切り替えることも必要だよね。



1559年に造られた、市街地とスケイ地区のメインゲート「カテリーナ門」。
アーチの上に“ブラショフの紋章”があって、その上のとこにアルファベットのような文字が書かれてるの。
“ISS9”って書いてあるのかと思ったら、“1559”って数字なんだってさ。
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本当に寒そうでしょ!?
道も凍ってたしね。
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近すぎて全体像を撮り忘れた「黒の教会」。
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破壊された前の教会の代わりに1477年に造られた教会が、1689年にオスマン帝国との戦いでハプスブルク軍の攻撃を受けて外壁が黒くなったことからこう呼ばれているそうだ。
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同じツアーの中に写真を撮るのが凄く上手い人がいたの。
その人が「あの一部分だけ撮ると顔みたいに見えて面白いよ」って教えてくれた。
その後も「こっちでいい写真撮れるよ」って呼んでくれるから、私は雪の上を犬のように走り回ってたの。
遠くで誰かが転んだって声が聞こえてきて「誰か転んだみたいですねぇ~」って話してたら・・・そう、それがピーチャイだった。
ピーチャイのカメラに収められてた写真はここが最後、ピーチャイの右腕も壊れたけど、カメラも壊れた。
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まさか骨折してるとはピーチャイ本人も思ってなかったから、その後も観光は続く。
街の中心にある「スファルトゥルイ広場」。
左の写真の大きな時計台は1420年に建てられた「旧・市庁舎」で、今は「歴史博物館」なんだって。
右の写真はルーマニア正教の教会らしい。
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ランチは1階・2階・地下もあるレストランだった。
前菜はチーズのフライみたいので、バルサミコ酢をこれでもかってくらいかけて食べた。
ビールのつまみには良さそうだよね。
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メインはスパイス類を混ぜ込んだ長細い肉団子“ミティティ”。
これもさぁ~、今なら美味しそうに見えるんだよね。
でも、このときは食べれなかったんだ、もったいなぁ~~~い!!
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デザートは4種類のアイスクリーム
アイスを食べるとお腹こわすから、4種類を1口ずつ食べた。
なかなか美味しかったよ。
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地震から12日も経った今日になって、福島県西白河郡に引っ越した友達のことを思い出した。
中学生のときからの友達なのに・・・。
福島に引っ越して何年も経つんだけど、なんか東京にいるイメージがあったのよね。
で、すぐにメールしてみた。
メールは受信はしてるみたいだけど・・・1時間くらい返事がこなかった。
「食器が割れて家の中はメチャクチャになったけど大丈夫。でも遅すぎじゃない?」って返事がきた。
ははは・・・たしかに遅すぎるよね。
でも、本当に無事でよかった。
彼は大切な老後の茶飲み友達だからさ(^◇^)
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by hiro428 | 2011-03-22 21:10 | '11 ブルガリア・ルーマニア
2011年 03月 21日

ドラキュラ伝説の城

9日ぶりに救出された80歳のおばあちゃんと16歳の孫。
オーストラリアの緊急援助隊は、19日に「生存者救助の役目は終了したと判断。現時点で安全性に問題はないが援助隊を不必要なリスクにさらすつもりはない。」って帰国しちゃったじゃん。
帰国しちゃったのはオーストラリアだけじゃないんだろうし、政府としては自国民を守らないといけないからそうさせたんだろうけど、「9日経っても生存者はいるんだぞ!」って言いたいね。
立って歩くことは出来ないけど1部屋分のスペースがあったり、冷蔵庫の中身とかお菓子があったり、毛布とかで少しでも暖が取れて、そんないろんな好条件そのものが奇跡なのかもしれないけど、本当に凄いことだ(T-T)
ニュースで知っただけの私でもこんなに嬉しいんだから、実際に救出に関わってる人たちは「まだ他にも生存者がいるかもしれない!」って、同じ捜索をするにも気持ち的に違うんじゃないかな。
今回、救出された80歳のおばあちゃんも凄く頑張ったんだろうなぁ~って思うけど、一緒にいた16歳の孫は本当に偉いよね。
普段から優しくて強い子だったのかもしれないけど、こんな状況の中、自分だけが助かろうとするんじゃなくて、おばあちゃんのことも考えられるって・・・。
助かったってことだけじゃなくて、そんな子がいたってことも嬉しかったなぁ~。



観光最終日は、吸血鬼ドラキュラのモデルになった城「ブラン城」へ。
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ドラキュラのモデルになった城だけど、実際に住んでたのはドラキュラ公ヴラド3世じゃなくて、彼のおじいちゃん“ミルチャ老公”だったらしい。
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階段を上ったとこにあるのが入り口、この階段の下にトイレがあった。
重い扉を開けてすぐの部屋で説明を聞いて、あとは勝手に見て周った。
といっても、見学通路みたいな一方通行だったんだけどね。
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ブラン城の所有者は何度も何度も変わったそうだ。
建設後はハンガリー王家の所有だったけど、1407年に同盟関係を結んでいたワラキア公国のミルチャ老公(ヴラド3世のおじいちゃん)に所有権を与えた。
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さらに、1427年には管理権をトランシルヴァニア公へ、1498年にはブラショフ市に賃貸され、1513年からはブラショフ市が所有権を持つ事になった。
1920年にブラショフ市の評議会がルーマニア国王フェルディナンド1世の王妃マリアにブラン城を寄進し、城はマリア王妃によって改修された。
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しかし、1948年に王家が国外追放されて、共産主義政権によってルーマニアの所有になった。
城は博物館として整備されて一般にも公開されたけど、そもそも城と装飾品はマリア王妃の娘イレアナ王女に遺産として残されたものだったってことで、2006年にイレアナ王女の実子であり遺産相続人のニューヨーク州の建築家ドミニク・フォン・ハプスブルクに返還された。
でも、返還されて1年も経たないうちに城を競売にかけちゃったんだって。
しかもホテルとかリゾート化しようって話だったから、これにはルーマニア人も怒って“返還自体無効”って、裁判が何度も開かれたそうだ。
結局“返還自体は正当”ってことになったんだけど、さすがに競売は取り下げて、地元政府と保存方法を話し合ってるんだってさ。
もらったはいいけど、保存・管理するには莫大なお金が必要になるもんねぇ~。
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中庭には井戸があった。
誰もが必ず井戸の中をのぞく、なんでだろうね???
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井戸の中は水じゃなくてお金が入ってた。
なんとなく入れたくなっちゃうんだろうねぇ~(^m^)
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ブラン城の下のほうにはお土産屋さんがズラリ。
ここでルーマニアのピアトラ・クライユルイ山脈の地底200mから採取したクレイ(泥)を使ったコスメ「アスラヴィタール」のシワ取りジェルなんぞを買ってしまった。
ルーマニア革命以前、ルーマニア政府が国家プロジェクトとしてファルメック社とルーマニア国立老人医学研究所のアナ・アスラン博士のチームに共同開発させたのが、老化予防医学の「ジェロヴィタール」。
1989年のルーマニア革命後、1995年にファルメック社は完全民営化されて「アスラヴィタール」、「エコヴィタール」っていう新しいブランドも誕生したんだってさ。
1000円くらいで買えるって話だったから、正直ちょっと気にはなってたのよ。
でもね、他の人は“ちょっと気になる”程度じゃなかったの!!
1人5個くらい買ってる人もいて、あっという間に無香料の若返りクリームは売り切れ。
私はというと、ピーサオと自分用に「アスラヴィタール・アンチリンクル・セラム」ってのを購入してみた。
効果はねぇ~、どうなんだろうね?よくわかんない。
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最後の観光地ブラショフへ。
14世紀に建てられたルーマニア正教会の聖堂「聖ニコラエ教会」。
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敷地内には、1760年にルーマニア人のために初めて造られた最古の学校とか、ルーマニア語で印刷された様々な最初の本、最初の印刷機が展示されてるらしいんだけど・・・知らなかった。
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墓地の入口らしい。
ルーマニアは今でも土葬なんだって。
ヨーロッパでは土葬の国も、火葬の国も、その両方の国もあって、それは単にスペースの問題だとか・・・。
たしかに土葬の場合はスペースが必要になるもんね。
あ、タイは火葬して灰を海にまくのが普通みたいだよ。
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離れたところから聖ニコラエ教会を撮ろうと思ったら、手前にカラフルなゴミ箱を発見。
分別するようになってるけど、実際にはまだ曖昧らしい。
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昨日、転んで負傷した母は「体中が痛い」って言ってる。
本人なりに!?転ばないように、転んでも大怪我にならないようにっていろんな筋肉を使ったようだ。
クシャミをしても痛いらしく、「ふ・ふ・ふえぇ~~~くしょん」って情けない声を出してた。
ピーチャイみたいに骨折はしてないようだけど、体中が筋肉痛みたい。
すりむけて血が出てた右ひざが一番痛いらしいけどね。
で、「大丈夫か?」でもなく、「普段から早歩きをして筋肉をつけてれば転ぶことはないんだ!」と心無いことを言う父に母はご立腹。
母だって好きで転んだわけじゃないんだけどねぇ~、まったく・・・(-_-)
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by hiro428 | 2011-03-21 17:36 | '11 ブルガリア・ルーマニア
2011年 03月 20日

ここでも停電

母と2人で三茶に買い物に行ってきた。
いろんなグループが募金活動をやってて、その中でも世田谷区役所の職員のとこでは、被災地に届くはずだったという花を募金のお礼に配ってた。
たまたま会った近所の男の子が「20円入れて黄色い花をもらってきた」って言ってた。
芸能人とかスポーツ選手みたいに何千万円とか何億円ってのは無理だけど、少しでも協力できたらいいね。
あ~、“ACジャパン”のCMにイライラしてるようじゃいけないなって思ったよ。



少しずつ普段の生活を取り戻すべく、まずは「ブルガリア・ルーマニア」ネタを完成させないとね。

シギショアラからバスで約30分、ビエルタンに到着。
15世紀にオスマン・トルコからの攻撃を防ぐために作られた「要塞教会」には、長さ100 m の屋根付き階段を昇らないといけない。
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世界遺産とは思えない地味っぷり。
でも、中は凄かった。
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28枚の絵画のパネルを具えたトランシルヴァニア最大の祭壇。
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正教会の聖歌はアカペラ(無伴奏)だから、パイプオルガンとか楽器は置かれてないんだって。
でも、ここにはパイプオルガンがあるの。
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この痛んだ絵にはある秘密が・・・。
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モナリザみたいに、どの角度から見てもおじさん!?と目が合うんだってぇ~~~。
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1515年に造られた聖具室の扉の裏側にある大きなが有名で、私も写真は撮ったんだけど暗くてぶれちゃったんだ。
なので、諦めて表へ・・・。
表には見張り台みたいな塔がいくつもあった。
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聖堂の聖職者たちが永眠する霊廟は、ひんや~り感があった。
なぜか、ここは写真を撮ってもO.K.だった。
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この後の予定は“ビエルタン村散策”だったけど、あまりにも寒いからお茶を飲んで時間を潰そうとする人がほとんどだったの。
でもお店は停電、トレイも真っ暗で、水も途中から出なくなってた。
というわけで、バスに戻ることに・・・。
おっ!さすが“村”ってだけあって、普通に馬車が使われてた。
これがけっこう早いんだよね。
モタモタしてたら通り過ぎちゃったよ。
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またまたバスで約3時間半かけてシナイアのホテルへ戻った。
夕飯はホテルのレストラン、その前に近くにあるスーパーに行ってみた。
調味料とか買ってみたいなって思ったけど、どうにも読めないから使い方がわかんないじゃん。
わざわざ行ったけど何も買わなかった。
前菜はトマト系のスープだった。
何枚撮ってみても、ちゃんとした色で写らなかった(-_-)
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メインはシンプルなチキンソテー
こういうのが一番美味しく感じるんだよねぇ~~~。
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デザートは・・・素朴なケーキだった気がする。
ドライフルーツとかが入ってそうな感じのね。
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母が買い物の途中でつまづいて転んだの。
下り坂だったもんだからオトトト・・・って止まらずに、おもいっきり前につっこんだ感じ。
でね、奇跡的なケガをしたの。
「膝が痛いなぁ~」って思って見てみてもジーパンには全くダメージなし。
家に帰ってきてからジーパンとタイツを脱いだら、右ひざが見事に擦りむけてたの。
タイツもやぶれてないのにだよ、奇跡だよねぇ~~~(^m^)
両手のひら、さらに顔も少し打ったらしく右ほほも赤くなってた。
もう2人で大笑い!!
お腹をかかえて、ヒィ~ヒィ~笑った。
でもね、夜になって右腕と両ひざも痛くなってきたらしい。
きっと明日にはもっとイロイロなとこが痛くなってくるんだろうね。
ピーチャイみたいに骨折してなきゃいいけど・・・。
みなさんも下り坂には注意しましょう!!
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by hiro428 | 2011-03-20 20:23 | '11 ブルガリア・ルーマニア
2011年 03月 11日

ドラキュラの生家でランチ

シナイアから約3時間半かけてシギショアラへ。
シギショアラは吸血鬼ドラキュラ生誕の地
といっても、アイルランド人作家ブラム・ストーカーの小説ドラキュラの主人公ドラキュラ伯爵のモデルとなったワラキア公ヴラド3世“ヴラド・ツェペシュ”が生まれた所ってことね。
その街のシンボルが14世紀に造られた高さ64mの時計塔
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時計塔のからくり時計は、時間が来ると塔の中から7つの人形が現れて音楽に合わせてダンスを始めるらしいけど・・・そうは見えなかった。
時計塔には有料で上ることができるそうだ。
もちろん階段だけどねぇ~~~。
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トランシルヴァニア地方のザクセン系入植者によって12世紀に建造されたシギショアラ歴史地区は、トランシルヴァニア・ザクセン人の歴史と文化の例証として世界遺産に登録された。
旧市街には今でも普通に生活してる人がいて、当時の要塞、家、店などはそのまま残されてるの。
私は上らなかったけど、屋根付木造階段を175段上ると教会があるそうだ。
添乗員いわく「ただの教会ですけどね」と・・・。
“ただの教会”って言われたら、175段はなぁ~ってならない???
それでもちゃんと上った人が写真くれたからいいけどさ。
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時計塔の前の広場のすぐ近くに15世紀ルーマニアのワラキアの領主“ヴラド・ツェペシュ”の生家がある。
今はレストランになってて、ランチはこのレストランだった。
ヴラドは“竜の息子”って意味だとか・・・それで看板が竜なんだね。
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ヴラド2世ドラクルの次男として生まれたヴラド3世“ヴラド・ツェペシュ”。
父ドラクルは、神聖ローマ帝国より竜騎士団の騎士に任じられた事でドラクルって呼ばれたんだけど、そのドラクルってのは“竜「ドラコ」”に由来するんだって。
ドラクルには悪魔っていう意味もあって、父親のヴラド2世ドラクルは竜公、悪魔公って呼ばれてたそうだ。
ん???ヴラドが“竜の息子”で、ドラコが“竜”???
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ドラキュラ伯爵のモデルになったヴラド3世といえば、“串刺し王”としても有名だよね。
この時代、串刺し刑は珍しいものじゃなかったんだけど、あくまで重罪を犯した農民に限られてたんだって。
でもヴラド3世は、トルコ軍だけじゃなくて、貴族を含めた自国民もたくさん串刺しにして処刑したそうだ。
話によると、お尻の穴から内臓を傷つけないように串刺しにして、ジワジワ殺したんだって。。゙(ノ><)ノ
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現地の言葉で「ア」は「○○の息子」って意味で、ドラクル公の息子だからドラクレア(ドラキュラ)公って呼ばれてたんだって。
本人もこの「ドラクレア(ドラキュラ)」って呼び名が気に入ってたらしいよ。
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ヴラド3世が生まれたのは1431年11月10日だから、今から580年前にはすでに建ってことじゃん。
その頃の壁画が残ってて、そんな貴重な建物がレストランになってるって凄いよねぇ~。
ちなみに、うちの母の誕生日も11月10日、これも帰国したら教えてあげなくちゃな。
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前菜はドラキュラにちなんだメニューらしい。
ラタトゥーユみたいで美味しかった。
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メインは酸っぱいキャベツを煮たようなものだった。
野菜はたっぷり取れるランチだったけど、メインがこれってどうなのかなぁ~~~。
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デザートはクレープとベリーソース
甘酸っぱくて美味しかった。
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このドンヨ~リしてる感じがドラキュラの舞台っぽくない!?
春とか夏だったら、きっとさわやかな街並みに見えたかもね。
ある意味、この時期でよかったかも・・・。
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ブログを更新してる場合じゃないって!?
地震、凄かったね(;_;)
家にいたんだけどさ、2階はヤバイと思って1階の玄関に行ったのね。
まともに立ってらんない状態だったから、玄関を開けたの。
すぐに外に出るのも危ないっていうから、少し落ち着いてから出てみた。
お隣のおにいさんも窓を開けて外を見てて、お向かいのおじさんも家から出てきた。
今1人だからさぁ~、何かのときはご近所同士で助けあわないとじゃん。
だから「凄かったですねぇ~」って、ちょっとお話してから家に戻った。
しばらく手の震えが止まらなかった、地震って怖いね。
植木鉢も落ちたし、車も電信柱も凄い揺れてたよ。
近所のガソリンスタンドの店長さんも通りに出て周りを見てた。
そうだ、ガソリンスタンドがあったんだ、こわぁ~~~!!って思った。

2階に戻ったら戸棚の扉が開いてて、食器が床に散乱してた。
1階の部屋はそれほどでもなかったけど、2・3階の部屋はイロイロ落ちてたからお掃除開始。
すると、NHKを見たというピーチャイから電話が来た。
SじいとFちゃんにも何度も電話したけどつながらなかったから、ピーチャイからの電話は奇跡的だ。
やっとのことでSじいとFちゃん、田舎にも連絡ついたけど、ノン智に連絡が取れない。
電話もメールもダメ、5時過ぎに会社の電話から携帯じゃなくて家のほうに電話が来た。
ノン智もノン智の実家も大丈夫だった。
でも、携帯しか持ってないノン智の兄Tちゃんに連絡が取れない。
ピーチャイがメールしたら「実家に連絡が取れない」って返事がきたそうだ。
だから「実家は大丈夫」って返信したって言ってた。
ノン智からまた電話がきたから「Tちゃんも大丈夫」って伝えたんだけど、ノン智は電車が止まってるから「会社のヘルメットを持って歩いて帰る」って言ってた。
公衆電話からでも連絡するって言ってたけど、余震も続いてるし、携帯がつながらないのが不安よね。
でね、「ご飯食べた?」って聞かれたから、「ペプシ飲んだ」って答えたら、「あのさ、今、非常事態なのよ。“ペプシ飲んだ”なんて話の相手はできないわけ!」って怒られた。
だって、火を使うのも怖いし、冷蔵庫にペプシが入ってたし、喉渇いてたし・・・(T_T)

UAの成田行きのバンコク線はキャンセル、シカゴ線はアンカレッジに着陸したって話だけど、明日の朝、イタリアから帰国する予定のうちの両親はどうなるんだろう???
成田空港は閉鎖されてるし、ローマからチューリッヒまでの便は問題ないだろうけど、チューリッヒから成田の便は飛ばないかもなぁ~。
薬は余分に持ってってるはずだし、ツアーだし、逆にこっちの状況を心配してるかもしれないね。

Fちゃんが「いざってときはATMが使えないから現金を持ってたほうがいい」って言ってたから、カバンに現金と免許証(身分証明)を入れて、新しいスニーカーにひもを通して近くに置いておくことにした。
すると、南国にいるピーチャイから「カイロも持ったほうがいい」って言われた。
そうか・・・停電したときには必要だよな。
ポケットティッシュとウェットティッシュも入れておこう。
上着も持ってきておかなくちゃね。
今日は朝から頭痛がしてたから、本当は早く寝たかったんだ。
でも、余震も続いてるし、今夜は落ち着かないね、きっと・・・。
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by hiro428 | 2011-03-11 19:34 | '11 ブルガリア・ルーマニア
2011年 03月 09日

嬉しい2連泊

シナイアに到着して、まず向かった先は「ペレシュ城」。
ルーマニア王カロル1世が夏の離宮として1875年に建てた宮殿だそうだ。
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夏は過ごしやすいってことは、冬はもの凄く寒いってことじゃん。
本当に寒かった!!
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お庭のどっから撮っても納まらない大きさ。
部屋数は160もあるらしい。
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木造の部分もあって、面白い建物だね。
中庭に行ってみたら、壁画も面白かった。
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壁画の人がチラ見してるなんてかわいくない???
ここからバスに戻るときが一番しんどかったぁ~~~。
ちょっとした上り坂を歩いただけなのに、喉がヒリヒリして、頭も痛くて、息をするのも苦しかったんだ。
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1695年、イスラエルへ巡礼の旅に出かけたルーマニア貴族ミハイ・カンタクジーが帰国して、この地を訪れた記念に建てたという「シナイア修道院」。
聖書に登場するシナイ山に参詣したことから、この名前になったとか・・・。
さらに修道院の名前が街の名前になっちゃったそうだ。
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門を入って正面に見えるこっち↑の教会は、1846年にカロル1世が建てた教会。
1695年に建てた古い教会はその向かいにあって、しかも入り口も反対側だった。
もう暗くなってきちゃってたから、フレスコ画も懐中電灯をあてながら見た。
北海道と同じような気温だから、修道院には暖房設備はあるけど冷房設備はないんだってさ。
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内部の撮影は禁止。
この時間でも参拝する人は何人かいた。
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この旅で最初で最後の2連泊。
朝、荷造りしなくていいのはラクだよねぇ~。
しかも夕飯はホテル、食べ終わったらすぐに部屋に戻れるのもいいよねぇ~。
前菜は野菜サラダ、玉ねぎの辛さが嬉しかった。
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メインはルーマニア風ロールキャベツのサルマーレ
サルマーレってのは、発酵キャベツで挽き肉などのタネを包んで煮込んだもの。
でも醗酵キャベツを作るのに何日かかかるから、醗酵させた液体ボルシェでキャベツを煮て醗酵キャベツの代用品にすることもあるんだって。
その醗酵させた液体も、スーパーにいけばインスタントボルシェってのが売ってるらしい。
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この旅で最も体調の悪かった日だから、このなんでもないカットフルーツが一番美味しく感じた。
冷たくて、さっぱりして、ほどよく甘くて、これだけは完食。
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部屋に戻ってシャワーを浴びてるとき、どうにも寒くて湯船にお湯をためようって思ったのね。
当然、時間がかかるわけで・・・。
私があまりにも出てこないから、ピーチャイは「死んでるのかと思った」って言ってた。
こらこら、私は日本の桜を見る前には死なん!!
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by hiro428 | 2011-03-09 19:54 | '11 ブルガリア・ルーマニア
2011年 03月 08日

バルカンの小パリ

ブルガリアからルーマニアへ。
途中、ヨーロッパでは珍しく国境でパスポートチェックがあった。
ブルガリアとルーマニアは、パスポートチェックなしで国境を越えることを許可する「シェンゲン協定」に含まれてないってことだね。
バスに乗ったままで、ガイドが全員分のパスポートを集めて持ってった。
もし彼がそのままどこかへ行ってしまったら・・・とか考えるのは私だけだろうか。
ま、そんな心配もなくパスポートは無事に帰ってきて、ルーマニアに入国した。
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ブカレストに着いて、まず行ったのは「革命広場」。
1989年、今からたった22年前に起きた「ルーマニア革命」の舞台がココ。
革命とか聞くと、もっと大昔の話だと思ってたけど、今でも起きてるんだよねぇ~。
ルーマニア革命のことも何も知らなかったから調べてみた。
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12月15日、ハンガリー系住民の多い西部の都市ティミショアラで、政府が出したハンガリー人牧師退去命令に抗議するために市民が広場に集まっていた。
その市民に対し治安部隊が発砲して数百人の犠牲者を出し、報道規制されてたけど、そのことはあっという間に国民に知れ渡った。
そして21日、ルーマニア社会主義共和国初代大統領ニコラエ・チャウシェスクブカレスト旧共産党本部のテラスから、広場を埋め尽くす民衆に向けて演説を行った。
でも、ティミショアラの事件も知ってた民衆は、チャウシェスクの独裁政権に対して大ブーイング。
一度は解散させられたけどデモに発展し、治安部隊はまたしても民衆に向けて発砲した。
22日の朝、共産党本部は数十万の市民により包囲され、正午にはデモ隊が共産党本部に突入。
危険を感じたチャウシェスクは屋上からヘリコプターで脱出したけど、その日のうちに逮捕された。
25日に簡単な裁判で死刑を宣告され、婦人エレナとともに即日、処刑。
その様子はテレビ中継された。
--
犠牲者への慰霊塔の上のほうにある「鳥の巣みたいなのの意味はわからない」ってルーマニア人ガイドが言ってた。
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犠牲者の名前が刻まれている慰霊碑
後ろにコッソリ写ってのが「共産党本部」、わかるかな???
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左の写真は、18世紀に建てられた「クレツレスク教会」はルーマニア正教の教会。
右のはなんだろう?変わった建物だから撮ってみた。
どっちも革命広場から見える建物。
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これも革命広場から見えた銃弾の痕
ゆる~い日本で生活してるとわかんないけど、革命って・・・怖いね。
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1983年に着工して、1989年の革命で一時中断されるまで昼夜を問わずに建設が進められたのにまだ完成しなかったという、チャウシェスクが私邸として国民の税金を使って建てさせた宮殿「国民の館」。
このせいでルーマニア経済はやばい状態になって、国民は困窮を強いられたそうだ。
革命後、建設も再開されて、ほぼ完成に近い状態らしいけど、地上10階、地下4階の“ほぼ”って何?
それ以上なにしたいわけ???
部屋数は3千以上、今はルーマニア議会の議事堂として使われてて、一部は有料(写真はまた別料金)で一般にも公開されてるらしい。
世界第2位の大きさ(1位はアメリカのペンタゴン)だけあって、写真を撮るのも大変だった。
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国民の館の前の大通りは、パリのシャンゼリゼ通りを真似した、長さ2.8km、幅100mの道。
地球の歩き方でチラッと読んでたから写真を撮りに行ったんだけど、この道のことを知ってるのは私を含めて3人だけだった。
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ランチは高級レストランでって話だけど、道に迷ったの?って感じの細くて怪しい道でバスから降ろされた。
でもレストランに入ると、たしかに高級っぽかったよ。
前菜は人参とツナ?ささみ?のサラダ
もっとレモンが欲しかった。
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メインは豚肉の煮込みとママリガ
ママリガってのは、とうもろこしの粉を熱湯で練り固めたもので、イタリアのポレンタと同じようなもの。
あんまり好きじゃないんだけど、豚肉がこれ以上ないくらいしょっぱかったら、豚肉を食べるたびにママリガもちょいちょい食べてしまった。
豚肉を口に入れる度に後悔、あんなにしょっぱい豚肉って食べたことないかもなぁ~。
もちろん食べきれるわけもなく・・・(-_-)
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デザートはバナナボート
バナナは傷んでるくらいが甘くて美味しいのよねぇ~~~!?
チョコレートアイスは美味しかったけど、バニラアイスはちょっと個性的な味だった。
そういえば、ここで飲んだフレッシュのオレンジジュースは美味しかったよ。
値段も良かったけど、それにみあう美味しさだった。
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ランチの後に向かったのは「凱旋門」。
1878年にルーマニアの独立を記念して作られた最初の凱旋門は木造漆喰塗りのものだったそうだ。
その後、1919年に第一次世界大戦の勝利を記念して同じ場所にまた木製の凱旋門が建てられて、1935年に今の高さ27mの石製の凱旋門に建て替えられたんだってさ。
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シャンゼリゼ通りに凱旋門か、だから“バルカンの小パリ”って呼ばれてるのかな???
ちなみに、バルカンってのは歴史的にビザンツ帝国やオスマン帝国の支配を受けた地域のことで、アルバニア、ギリシャ、クロアチア、ブルガリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、セルビア、モンテネグロ、ルーマニアの9カ国をバルカン諸国って言うらしい。
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ブルガリアのヴェリコ・タルノボからルーマニアのブカレストまではバスで約3時間半。
そして、この後ブカレストからシナイアまで、また2時間半もバスに揺られることに・・・。
仕事とはいえ、ドライバーさんも大変だよねぇ~。
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by hiro428 | 2011-03-08 09:37 | '11 ブルガリア・ルーマニア
2011年 03月 05日

初・ヨーグルト料理

ランチは外観もかわいい“カザンラク”のレストランだった。
カザンラクはプロヴディフから車で約2時間の“バラの谷”で有名な場所。
日本でも「ブルガリアンローズ使用」とかってよく耳にするよね。
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店内の装飾もお庭もかわいかった。
お店の人がサーブしてくれてるのは、“タラトール”っていう冷たいヨーグルトスープ
夏場は毎日食べるって言ってたけど・・・真冬に飲むとなんだろうねぇ~。
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具はキュウリ、味もニンニクがきいてて美味しい。
でも、たしかに夏用のスープだね。
ブルガリアでは毎食のようにヨーグルトを使ったお料理が出てくるもんだと思ったけど、最後の最後にやっと出てきたって感じ。
もしかして、ブルガリアではそんなに料理に使ってないとか!?
そんなわけないよなぁ~~~。
でね、ヨーグルト料理を調べてたら、ブルガリアではヨーグルトよりも羊の乳から作った酸味のある白いチーズ“シレネ”を調味料がわりにたくさん使うんだって。
カッテージチーズだと思ってたサラダの上のチーズは、このシレネってやつだったんだなぁ~。
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細長いハンバーグ“ケバプチェ”とブルガリアのケバブ“キュフテ”。
すでに体調がイマイチになってきてたから、普段なら「肉!!」って喜んで完食するのに、このときはほとんど食べられなかった。
今なら余裕で完食できるのに!!
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デザートは“バクラバ”っていうアップルパイみたいなもの。
なんだろう?懐かしい感じ、アップルリングみたいな味!?
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最後に“バラのリキュール”が出てきた。
ほんのちょっぴりだけど、アルコール度数はかなり強くて喉がカーッと熱くなった。
バラの香りは大好きだけど、このリキュールにしてもバラジャムにしても、口に入れるものだとバラの香りって微妙なのよねぇ~。
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日本人しか来ないんじゃないかってくらい小さな「バラ博物館」。
地下におりると、バラーーー!!って香り。
そして、もの凄く小さいギフトショップがあった。
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ギフトショップは後から見るとして・・・博物館をグルッと1周。
あっという間に見終わって、ギフトショップは人の山、とても見ることは出来なかった。
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この後「トラキア人の墓のレプリカ」ってのを見たの。
写真は有料って話だったからカメラは持っていかなかったんだ。
ネットでいくらでも見れるし~~~って思ってね。
でも途中まではいくらでも写真が撮れて、一部分だけが有料だったの。
それも初めのほうの人はお金を払わずにバシバシ撮れて、後からだった人だけお金を請求されたらしい。
私は初めのほうに入ったけど、カメラ自体を持ってなかったから撮れなかったんだけどね。
そういった説明も添乗員からはなかったから、ツアー客の不満はさらに増幅。
さらに“ヴェリコ・タルノボ”に向かう途中で記念碑みたいのが見えるから「見たい人だけ降りてください」みたいに言われて降りたんだけど・・・。
バスから降りても、どれがなんなのか本当にわかんなくて、ツアー客同士で「あれじゃない?」「いや、こっちのことじゃない?」って探してたら、どうにも山の上に見えるこれのことだったらしい。
寒いわ、わかんないわ、なんでバスから降ろしたんだよって思ってたら、双眼鏡を持ってる人が「これなら見えるわよ」って貸してくれた。
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カザンラクからヴェリコ・タルノボまではバスで約2時間、まずは「ツァレヴェツの丘」へ。
ここから写真を撮るだけだったけど、上のほうに見えるのは皇族や総主教の住まいがあったツァレヴェツ城址だそうだ。
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バスは先にホテルに行っちゃった。
ここ“ヴェリコ・タルノボ”は、お相撲さんの“琴欧洲”の出身地なんだってさ。
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旧市街を歩いてると、ブルガリアに昔からあるという大人気の砂糖菓子の専門店があった。
ブルガリア人ガイドがわざわざ買ってくれたというこの砂糖菓子を添乗員が食べてたから「味はどうですか?」って聞いてみた。
ちょっと嫌な顔をして「甘い、よくある砂糖のお菓子です」だって・・・。
ま、見た感じもそうだけどね。
でもさ、ここでハッキリしたよ、添乗員もブルガリア初めてなんじゃん!?
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旧市街は小さなお土産屋さんとかが並んでた。
バラ博物館よりここのほうが、バラ商品の品揃えもいいし、値段も安かった。
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大きな鉄板で何かを作ってるおばさんがいた。
お店はもう閉まってたから聞くことは出来なかったんだけど、麺のような、お菓子のような・・・。
どうやって食べるんだろう???どんな味なんだろう???
食べてみたかったなぁ~。
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夕飯はホテルのレストランだった。
ツナサラダっぽかった気がする???
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超~パサパサな牛肉を煮込んだもの
味は悪くないけど、ん~~~パサパサ。
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ケーキもイマイチだったなぁ~。
私の体調のせいかもしれないけどね。
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歩いてホテルに向かうんだから、旧市街でしっかり時間を取ってくれてれば、みんなも少しはストレス解消できただろうに「ホテルにチェックインしてから夕飯までの合間に来たい人はまた来てください」って言われてね。
ホテルが近くならいいけど・・・すっっっごい坂の下だったの。
「あの下のほうに見えるのが今日のホテルです」とか言われて「誰がまた来るんだよ」って大ブーイング。
さらにガイドが通ったホテルまでの道が、長い階段と街灯も人もいない通りでさ。
やっとホテルに着いて、先に着いてたバスに荷物を取りに行って、その後の説明がなかったからバスの中で半分くらいの人が待ってたのよ。
そしたら「ホテルの中に入ってる人もいるみたい」って言いに来てくれた人がいて、「なんなんでしょうねぇ~」ってブツブツ言いながらホテルへ。
添乗員は謝るどころか見向きもしない、自分のことで精一杯って感じ。

最初に鍵を受け取ってロビーのエレベーターを使おうとした人が、ホテルの従業員に「ここじゃなくて奥のを使え」って言われてて、奥ってなんだ?って思ったら、真っ暗な渡り廊下の奥にあるエレベーターのことで、あまりにもわかりずらいからピーチャイが自らエレベーターの案内役になった( ̄m ̄)
本当にツアー客同士の助け合いの旅だったのよ。
そのエレベーターは扉を手動で開閉するタイプで、タイミングよく開けないとすぐに動きだしちゃうの。
扉は1枚だけでエレベーターが来てないと開かないようになってるんだけど、乗ってるほうのエレベーター自体には扉がないの、意味わかるかな???
手動でも扉とシャッターみたいな2重になってるのは乗ったことあるけど、扉1枚は怖かったなぁ~。
部屋の鍵もなかなか開かなくて、部屋によって鍵の差込みが縦だったり横だったりさまざまで、みんなであーでもないこーでもないって言いながら頑張った。
中には、鍵自体がロビーにないとか、鍵は開いても電気がつかないなんて部屋もあったらしくて、それに比べたら私はまともだった。
鍵をささないと電気がつかないって言われてたから、ドアの横のホルダーに鍵をさしたら・・・ボロってホルダーが落ちた(@_@)
電気は鍵に関係なくついたし、ホルダーは簡単に元通りになったから、まぁ~まともでしょ!?

夕飯までの間、スーパーみたいのが近くにあればと思ってロビーに行ったら、翌日からのルーマニア人ガイドが連れてってくれるとかで、そのグループについていくことにした。
日本にも住んでたこともあって日本語ペラペラってとこが逆に怪しかったから、本物のガイドなの?ってついつい確認しちゃった(^▽^)
ヴェリコ・タルノボは小さな町だから大きなスーパーはなくて、ルーマニア人ガイドにこんなのが買いたいってリクエストすると、それらしきものが売ってる小さなお店に何件か案内してくれた。
私はプラスチック容器のお酒とバラ製品を購入、他の人は箱入りチョコレートとかを買ってた。
そのときに通った道は階段じゃなくて、なんでこっちを通らなかったの???って感じのラクな道だった。
こっちを通ってたら、たぶんもっとたくさんの人が出かけてたと思う。
あ~~~、なんだろう、このモヤモヤ感。
クラブツーリズムのツアーってみんなこんなもんなのかな?
安いし、心惹かれるツアーがあるんだけど、申し込むのに勇気がいるなぁ~。
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by hiro428 | 2011-03-05 16:11 | '11 ブルガリア・ルーマニア
2011年 03月 03日

幸せを祈るお守り「マルテニツァ」

紀元前4千年頃の居住跡が見られる、ブルガリア第2の都市「プロヴディフ」。
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ブルガリアには3月1日に贈りあうお守りがあるの。
たまたま歩いてたら、そのお守り「マルテニツァ」を売る露天が何件かあって、前を歩く添乗員を無視してみんなが物色し始めた(^◇^)
マルテニツァは紅白の毛糸を編んだもので、ブレスレットになってたりするのが多いみたい。
お店の人がサービスで紅白の毛糸をネジネジしたのを1本ずつくれて、私はそれで満足してしまった。
でもね、本当は3月1日に贈ったり、もらったりするといいんだってさぁ~。
“お互いの”健康と幸せを祈るお守りだからね。
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メインストリートは、なんと古代ローマ時代の石畳の道
早朝だったからお店は閉まってたけど、昼間は歩行者天国のショッピングストリートなんだそうだ。
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突き当たりには、前髪もりもりのドナルドじゃなくて・・・マケドニア王フィリッポス2世
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マケドニア王フィリッポス2世の像の右側に見えるのが、イスラム教寺院の「ジュマヤ・ジャーミー」。
どう見るのかわかんないけど、壁には日時計が掛けてあった。
この辺りには絵を売ってる人がたくさんいて、「私、ここでなら生きていけるかも・・・。だって、絵を描いて売ればいいんでしょ。」って言ったら、ピーチャイが今までにないくらい声を張って「○○ちゃん(ノン智)に連絡しなきゃ!」だってぇ~ヽ( )`ε´( )ノ
巨匠レベルの私の絵に何か文句でもあるのかしら!?
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広場の地下には2世紀に建造された「円形競技場」の一部が見れるんだけど、その大部分はメインストリートとかその周りの建物の下にまだ眠ってるんだってさ。
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こんなに大きな壁画なのに完璧スルー。
別に歴史的な建物とかってわけじゃないんだろうけど、これって凄いよね。
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階段にするか、坂にするか、みんなが坂を選んで上った先にあるのが「聖処女教会」。
ピンクの5層の鐘楼が目印で堂内の壁画がきれいなんだってさ、見れなかったけどね。
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坂と教会がとにかく多い。
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坂を上って上って、やっと目的地に到着。
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ブルガリアで最も有名な遺跡のひとつ「ローマ劇場」は、ローマ帝国統治下の2世紀初頭、皇帝トラヤヌスによって建造されたもの。
ロドピ山脈を見渡せる自然の丘の斜面を利用した劇場は、今も野外コンサートホールとして利用されてて、7千人くらい収容できるらしい。
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劇場の左側に目をやると、今にも落ちそうな岩が!!
あんなんで大丈夫なの!?
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フランスの詩人ラマルティーヌが住んだ家。
全く知らない人なんだけど・・・きっと凄い有名なんだよね???
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工事中の家は新築なんだってぇ~!
新築でも周りに合わせて同じような感じの家にしなくちゃいけないらしい。
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4万点を超える収蔵品が納められている「民族博物館」をチラ見。
お庭からは緑色の鐘楼の「聖コンスタンティン・エレナ教会」が見えた。
その手前には休憩中!?のお掃除のおばさん2人。
同じツアーの人に「あれって民族衣装よね?」聞かれたから、「いや、掃除のユニフォームだと思いますよ」って答えたら、「あら、そうよね。やだぁ~!」って・・・。
いろんな人がいて面白いね、ツアーってさ(^m^)
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民族博物館は旧市街の中で一番美しいといわれてて、「ゲオルギアディ・ハウス」とも呼ばれてるらしい。
ハジ・ ゲオルギが建てた、豪商ディミタル・ゲオルギアディの館で、バロック様式と民族復興様式がミックスされた建物だとか・・・。
これも内部には入らず、外観のみだった。
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こっちがゲオルギアディ・ハウスなのかな???
張り出し窓に特徴があるブルガリア・ルネサンス様式っていう独特なものだそうだ。
ん~~~、もう一度、図書館で地球の歩き方を借りてきたほうがいいかもなぁ~(-_-)
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今朝、イタリアに行く両親を送っていったのね。
5時半に起きて6時過ぎに送ってって、帰ってきてからパソコンをつけたらインターネットがつながらないの。
夕べまでは大丈夫だったのにって、NTTの光回線の故障のとこに電話してみたんだ。
ものすご~~~く解りやすく説明してくれて、けっきょく回線にもプロバイダーにも問題なかったのよ。
で、パソコンを再起動したら直った\(*´▽`*)/
頭から回線のせいにしてたから、基本的なことをし忘れてたのよねぇ~。
「本当に助かりました!ありがとうございました!」って言ったら、「何かありましたら、24時間いつでもお電話ください」だって(ノ◇≦。)
なんて優しいんだぁ~~~!!朝から感動した!!
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by hiro428 | 2011-03-03 21:08 | '11 ブルガリア・ルーマニア
2011年 02月 27日

世界遺産・リラの僧院

マスの養殖場の近くにあるというレストランでランチ。
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前菜はカッテージチーズ、トマト、キュウリのサラダ
さすがブルガリア、乳製品に遠慮なし!!
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メインはシンプルにマスの塩焼き
頭の向きとポテトの量はお皿によってまちまち、そんなことは気にしないらしい(^m^)
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デザートはたっぷりハチミツ入りのクレープ
ハチミツもこの近くで取れるものらしく、濃厚だったけど完食しちゃった。
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ランチの後は1983年世界遺産に登録された「リラの僧院」へ。
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修道院とは思えないかわいいタッチの絵だよね。
さくらももこの描く太陽ってこんな感じじゃなかったっけ???
マリア様とイエス親子も「入って、入ってぇ~」みたいな軽~い感じ!?
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気軽な気持ちで入ってみたが、さすがはブルガリア最大のブルガリア正教の修道院だね。
その中心になるのが聖堂
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修道院だから修道士が住む場所とか図書館もあって、“ラファイルの十字架”っていう縦81cm×横43cmの木製の十字架を所蔵していることで有名な博物館もあるんだってさ。
その十字架は見れなかったなぁ~、チェッ
ギフトショップみたいなのの後ろ側のフレリョの塔ってのが、火事で燃えなかった一番古い建物だとか言ってた。
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リラ山脈の北西にあるというだけあって、周りは大自然。
こんな山の中によく作ったもんだ。
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父と子と聖霊が一体であるとする“三位一体”。
なんだかよくわかんないけど、説明によると、これがそうらしい。
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やっぱりかわいいイエス様。
宗教画って暗いイメージがあったけど、そんなこともないんだね。
ここも内部は撮影禁止だった。
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凍った雪を掃く修道士!?のおじさん。
誰ともしゃべらず黙々と・・・これも修行の一部なのかな。
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僧院の中には郵便局もあった。
ココで絵葉書と切手を買ってる人がいたから「ブルガリアにいる間に書いて出さないとですね」って言ったら、「あ、そうよね!」って納得されちゃった。
8日間で2ヵ国って意外とあっという間だからねぇ~。
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ココは見ないとダメってくらい素晴らしかったね。
だからって、もう一度行くかってのは微妙。
ブルガリアにまた行くかってことね。
もし万が一にもまたブルガリアに行ったとしたら、そのときにはココは外せないと思うけどさ。
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この後、バスで約3時間かけて「プロヴディフ」へ。
1日のほとんどをバスの車中で過ごすわけだけど、このバスが狭いんだ。
狭いのに人数的に1人2席を使うことはほとんど無理だし、クラブツーリズムは添乗員だけじゃなくて用意するバスも酷いんだなって思ったよ。
夕食はホテルのレストラン。
ランチと同じく、前菜はカッテージチーズ、トマト、キュウリのサラダ
生野菜が食べられるだけよしとしよう。
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スケジュール表によると、メインはカバルマって料理らしい。
カバルマってのは、専用の小さな土鍋に肉と野菜を入れてオーブンで焼いた料理なんだってさ。
土鍋で出てくるんだと思ったら、普通に鶏肉がお皿に盛られてきた。
で、これがカバルマで合ってるの???
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デザートはムースとベリーのゼリーが2層になったもの
味も良かったし、器が斜めになっててかわいかった。
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これで2日目も終了。
バスでの移動がメインみたいな日程だったから、もう少し1人のスペースの広いバスが良かったなぁ~。
車内で足がつっちゃった人もいたし、トイレ休憩が1時間半~2時間おきにあったけど、飛行機より辛かったわ。
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by hiro428 | 2011-02-27 17:31 | '11 ブルガリア・ルーマニア