ヒマでも食べる

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2012年 06月 20日

ミラドール(ナスカ)

前の飛行機に乗って酔った人たちは、私が乗った飛行機が戻ってくるまでの時間がけっこうあったから休めたって言ってたけど、その2番目の飛行機で酔っちゃった人たちは、かわいそうなことにすぐにバスに乗せられてしまった。

向かった先は、上空からも見えた「ミラドール(Mirador)」。
地上絵の研究家マリア・ライヘが造った、高さ約20mの観察用やぐらで、1回に上れる人数は10人までだった。
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けっこう怖い階段を上って見えるのは2つの地上絵。
右側に見えるのは「」。
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左側に見えるのは「」。
近くで見ても薄いよねぇ~。
表面がもっと黒っぽい石とか砂だったら、きっと、もう少し早くに発見されてたかも!?
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やぐらの下に日焼け止めで顔が真っ白になってるおじさんがお土産屋さんを開いてた。
ミラドールは10人までしか上れないから、後から上った人は待ってる間ここで買い物をしてて、先に上った私は下りてから残金20ソレスを頑張って使い切った。
インカ十字のペンダントトップにナスカの地上絵が掘られてるペンダントを3つ選んで値段を聞いた。
最初、おじさんは織物で作ったしおりをつけるから、1つ10ソレスで3つ30ソレスって言ってきた。
でも私が持ってるのは20ソレスだけ。
20ソレスしか持ってないって言ったら、プラスUS$1でもいいって言うの。
いやいや、私としてはキレイに20ソレス使いたいわけよ。
他の人が英語でUS$支払いの交渉する合間をぬって、おじさんの腕とか肩をペタペタ触りながら怪しいスペイン語で交渉する私。
ペルー人に泣き落とし作戦は無駄だとわかったので、ここは直球勝負!!
「US$は持ってない(←ウソ)。20ソレス持ってる。3つ欲しい。おねがいo(*≧д≦)o″))」
私以外はドルで買ってたから、おじさん的にはかなり儲かってたはずなんだ。
だから、たぶんね、おじさんは“こいつ、何だかイチイチ触ってくるし、変なスペイン語で話しかけるし、損するわけじゃないからいっか”って思ったんじゃないかな(〃 ̄∇ ̄)ノ彡
凄い複雑な顔で最後の最後に「O.K.」って言ってくれた。
同じペンダントを買った人が“1つ$4って言われたのを$3にした”って喜んでたけど、それより安く3つ20ソレスで買えて、怪しいスペイン語も無駄じゃなかったなって思えた。
何より、キレイに使いきれたのが嬉しかったなぁ~。
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ランチは途中にあるレストランで取る予定だったんだけど、時間がないからお持ち帰りにしてバスの車内で食べて欲しいって言われた。
サンドイッチとかならわかるけどさ、受け取った容器は3つ。
1つ目は豆のサラダ、2つ目はなんとカレーみたいな液体、3つ目はデザートのケーキだった。
受け取ったはいいけど、1人1席しかない車内で置き場所もないし、ましてや走る車内で液体ものを食べるなんて無理!!
ほんと、ばっかじゃねぇ~の!?って思った。
10分だけ待てって言って、その間に少しずつ食べれるだけ食べた。
何を食べたかわかんない感じでランチは終了。

その後、何時間も走り続け、リマの手前でトイレ休憩を兼ねて日本人の経営するお土産店に寄った。
高い塀に囲まれてて、塀の上には有刺鉄線、重そうな大きな門が開くまで、周りには何もないし、どこに連れて行かれるんだろう?って感じだった。
他のツアー客もいたから、そこに寄るのが日本人ツアーの定番なんだろうね。
値段はUS$表記で、えっ!?っていう値段設定。
私は無料のお茶を飲んでたけど、ここが最後の買い物スポットだから、みんなすっごい買い込んでた。

夕飯もね、これまた、ばっかじゃねぇ~の!?って日本食。
これから飛行機に乗って帰国するって日の最後の食事が日本食って・・・笑うしかない。
最後は“セビーチェ”でも出してくれれば十分だったのになぁ~。
あ、もしかしたら現地ガイドが食べたかっただけかもしれない!!
場所的にも高そうだったし、うん、そうに違いない( ̄- ̄)
でもって、前菜はカリフォルニアロール
すでにテーブルに用意されてたけど、まぁ~それなりに美味しかったよ。
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前菜がご飯で、さらに白飯が出てきた。
おかずは鶏肉の甘酢あんかけみたいなやつ。
見た目は肉野菜炒めみたいだけど、何となくユル~イあんが絡んでた。
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揚げ過ぎの硬い鶏肉を食べたら、どうにも食べる気にならなかった。
で、同じテーブルの男性2人に「お行儀の悪いことするんで見なかったことにしてくださいね」って前置きして、ご飯にお味噌汁かけて食べちゃった(^◇^)
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デザートは甘くも何ともない、カットもどうかと思うメロンとブドウ。
今までで一番酷かったかもね。
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体調が悪かったから、たぶん、いつも以上に添乗員に対してイライラが溜まってしまったんだと思う。
前回のイタリアのときの添乗員が良すぎたせいもあるかもしれないけどね。
ま、それでも一生に一度は行ってみたかったペルーに行けて良かった、良かった。
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空港に着いてからは、体調が悪いことを理由に先に行かせてもらった。
チェックインしたら、またヒューストンまでは無料でビジネスクラスにアップグレードされた。
あ~、これだからマイル修行はやめられない( ̄△ ̄)
約6時間半、咳して、鼻かんで、ひたすら寝た。

利用航空会社:UA855 リマ-ヒューストン(23:45-06:24+) 3133マイル


7日目:5月29日(火)

ヒューストンに到着して、また無駄なアメリカの入国審査を受ける。
どうせ乗り継ぎなんだから、わざわざ入国させなくてもいいじゃんねぇ~。
何十分、いや1時間くらいかかったかな???
ツアーじゃ仕方ないけど、個人でアメリカに入国するときは、絶対にヒューストンは避けようって心に誓ったくらい時間がかかった。

乗り継ぎ時間は約4時間半。
ラウンジでシャワーを浴びて、ヨーグルトとか軽く食べて時間を潰した。
すると、向かい側にタイ人のお坊さんが2人座った。
ついつい姿勢を正して「サワディーカー」とワイ(合掌)をしてしまった。
あ・・・これが条件反射ってやつか!?
パブロフの犬だな( ̄へ ̄|||)

成田までのフライトは約13時間半、ここがビジネスクラスだったらなぁ~~~。
でも通路側だから、まだマシか。
この路線、便名はユナイテッド航空になってるけど、旧コンチネンタル航空だから、アルコールは有料だし、CAもCOの人達なんだろうね。
今までUAのCAは酷いって思ってたけど、こっちと比べたら全然マシ!!
っていうか、UA大好き!!

利用航空会社:UA007 ヒューストン-成田(10:50-14:30+) 6643マイル


8日目:5月30日(水)

とりあえず!?無事に帰国。
入国審査の手前にある“健康相談室”に寄って、熱と血圧を測ってもらった。
この時点で37.8度ってことは、クスコからナスカに移動した5日目は40度いってたかもなぁ~。
第一ターミナルより第二ターミナルのクリニックのほうが検査も出来るってことで薦められたので、荷物を受け取って税関を出てから第二ターミナルへ向かった。
再度、熱を測りながら、問診票と海外旅行保険の申請用紙の記入をした。
診察室に呼ばれて、いくつか質問に答えると、後ろから女性の看護師さんが「ちょっと失礼しますねぇ~」って、私の洋服をガバっと持ち上げた。
子供の頃は「はい、洋服あげてぇ~」とか言われたけどさ、もう、かなりの大人じゃん。
いやぁ~~~、先生(男性)は別に仕事だから何とも思ってないだろうけど、私のほうはマジでビックリしたよ。
飛行機に長時間乗るときって、ちょっと・・・いや、かなりお疲れ気味の下着をつけてるんだよね。
だって、そのほうがラクじゃん。
でも、まさかねぇ~~~、そんなヨレヨレのを見られるとはねぇ~~~。
大人になってからって、聴診器をあてるときは洋服の上からか、洋服の中に手を入れるかのどっちかだったから、それが普通なんだと思ってたんだ。
今、行ってる病院も洋服の上からだしね。
去年は洋服の中に手を入れて聴診器をあててたから、どうするかは先生次第ってことなのかな???
その後、レントゲンを撮って肺炎にはなってないってことで、解熱剤、抗生物質、咳止め、タン切り、整腸剤をもらった。
そして「ペルーって国がよくわからないんですが“結核”とかってのも頭に入れといてください。それと薬を飲んでも良くならないようなら家の近くの病院に行ってください。」って言われた。

翌々日(6月1日)、あまりにも咳が酷いから両親が定期健診で月に1回通ってる病院に連れて行かれた。
病院ではもちろん隔離、入口すら別で、鼻水とタン用にティッシュペーパーとビニール袋だけは用意しといてくれてた。
インフルエンザの検査結果、発病してから時間が経ってたことと、すでに抗生物質を飲んでたことで、最初は反応がなかったらしい。
で、捨てようと思ったら、薄っっっすら「A型」のところに反応が出てたそうだ。
ここでもレントゲンを撮ったけど、やっぱり肺炎にはなってないと言われて、「咳で眠れない」って言ったら、寝る前にだけ飲むようにって別の咳止めが処方された。
翌朝、洗濯物を干してたら、血液検査の結果、白血球がちょっと多いから別の薬に替えるようにって病院から電話が来た。
何かあったら電話するとは言われてたけど、実際にかかってくるとびびるよねぇ~。
私・・・やっぱりヤバイ病気だったのかしら!?ってさ。
1日2回の新しい抗生物質が処方されて、それを今もまだ飲み続けてる。
その薬を飲み始めて明日でちょうど3週間、血液検査をしに、また病院に行く予定。
さすがに・・・もう大丈夫なんじゃないかな???と思ってはいるんだけどねぇ~~~( ̄~ ̄)

というわけで、体調が戻る前にペルー旅行記も終了。
長々とお付き合い、ありがとうございましたm(_ _)m
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by hiro428 | 2012-06-20 14:54 | '12 ペルー
2012年 06月 18日

ナスカの地上絵(ナスカ)

6日目:5月28日(月)

地獄のような最終日。
7:45に出発の予定が、曇ってて地上絵が見れないってことでホテルで待機。
部屋に戻ってもいいし、無料だから朝食を食べたレストランでコーヒーとか飲んでてもいいって言われた。
とくに飲みたかったわけではないけど、やることもないからレストランに行って朝食用のコーヒーを入れようとしたら、片付けをしてるおじさんに「コーヒーは$2」って英語で言われた。
添乗員に「コーヒー$2だってさ」って言ったら、またアタフタしながら確認。
で、「すみません、飲み物は$3です」だって・・・チップ込みでしっかり請求してんじゃんか。
ちゃんとしたコーヒーならいいけど、朝食のときは飲み放題だったポットに入ったまんまのコーヒーに1杯$3も払うのは気持ち的に納得いかない。
みんなもそうだったようで、レストランに行く人は1人もいなかった。

小さいギフトショップをのぞいてみたけど、高いうえに寂しい品揃え。
あっという間に見終わっっちゃったからソファーに座ってたら、庭を散歩してた人がわざわざ呼びに来てくれた。
何かと思って行ってみると、孔雀が自由に歩き回ってた(@_@)
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そして、プールサイドにはアルパカがいた!!
リャマなのか、アルパカなのか、ホテルの従業員に確認したらアルパカだって言ってた。
どこで見分けるのかわかんなかったけど、どうやら大きさの違いらしい。
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航空会社からの連絡は現地ガイドの携帯電話にかかってくるんだから、添乗員が「先に“ミラドール”に行っちゃいましょう」とかって気を利かせてくれればいいのに、結局ホテルで2時間も待たされた。
もし途中で電話がきたとしてもどうにでもなるじゃんって思ったけど、添乗員自身が初めてだから現地ガイドの言うとおりにするしかないわけよ。
現地ガイドとしては、面倒な移動はしたくないって思うよね。
だから、結果としてホテルで無駄に2時間も過ごしちゃったってわけ。

空港までは数分で到着した。
で、ここでもまた一悶着。
時間はたっぷり2時間もあったのに、バスを降りるときに「手荷物は貴重品を小さな袋に入れてください。私のバッグのサイズで大きいそうです。」とか言い出してさ。
もっと早く言ってくれれば、女性なら何かしら小さめのポーチの1つも持ってるじゃん。
私はすっかり呆れちゃってたけど、バスの中は「これはダメなの?」って苛立った声が飛び交ってた。
仕方なくビニール袋に入れてる人もいたけど、私は全部ポケットに入れた。

空港内にはいくつか会社が入ってて、私が乗ったのは“Aerodiana社”。
日本人ツアーがよく利用する会社なのか、着陸時のパンクがよくニュースになる会社なのよね。
飛行機のバランスをとるためにカウンターで荷物を持ったまま体重を量り、その後10分間のフリータイム。
駐車場の奥にあるお土産屋さんに行って、残金20ソレスで2つ買えるものを物色した。
1つ20ソレスのシルバーのペンダントトップを「2つで20ソレス」って言ってみた。
「1つ15ソレスで2つで30ソレス」って言われたから、「20ソレスしかない。1つは自分ので、もう1つはお母さんにあげたい。」と悲しげな顔で言ってみた。
しかし、泣き落とし作戦はあえなく失敗。
ねばるには時間もないし、20ソレスは別のとこで使うことにした。
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誰がここでマッサージなんてするんだろう???
日差しは強いし、ほこりっぽいけど、周りに何もないからね、ある意味、癒されるかも!?
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添乗員は時間配分もヘタだからさ、フリータイムがたった10分で、その後、空港内で座って待たされた時間は30分以上だった。
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二手に分かれ、12人乗りのセスナに乗り込む。
笑っちゃうことに、添乗員も一緒のセスナに乗ってきた。
初めてだもんねぇ~、そりゃ見たいよねぇ~って、お前の旅か!!三(  ̄0 ̄)/"☆
座席は左右に1席ずつだから、どっちに座ってもちゃんと見れるようになってた。
私は右の一番前、前後左右のバランス+ペアか一人参加かってことで座席が決められるらしい。
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前のグループが飛んでからすぐに飛ぶのかと思ったら、上空がいっぱいでしばらく飛び立てなかった(^m^)
管制塔も小さいねぇ~、ちゃんと機能してるのかな???
さて、いよいよテイクオフ!!
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通常は番号順に見るようだけど、上空が混んでるからか、ちょっと順番が変わってた。
それにしても、地上絵を探すのは本当に大変だった!!
コーパイ(副操縦士)が「クジラ、ハネノシーター(羽の下)、ハネノシーター、ワカッタ?」って教えてくれるんだけど、全くわからない!!
「No entiendo(わかんない)」って言ってみたけど、私の声なんて聞こえるわけないよね。
一発目の「クジラ」を見つけることができなくて、見ればすぐにわかるだろうっていう甘い考えを反省した。
次からは、紙に描かれてる絵をしっかり頭に入れてから、羽の下をガン見した。
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たった30分くらいのフライトだったけど、探すのに必死だし、左右両方に見せなきゃいけないから揺れまくるし、けっこう大変なフライトだった。
あとは着陸時にパンクさえしなければ・・・。
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無事に着陸。
車酔いはしなくてもセスナ酔いしちゃうって人もいたけど、私はなぜか大丈夫だった。
「早く降ろしてくれって思った」ってくらい辛かったらしいよ。

撮った写真でも必死に探さないと見つからなかった地上絵。
この辺りを飛んでたパイロット達には発表される前から「不思議な絵がある」って有名だったって言うけどさ、こんなのよく見つけたよねぇ~~~って感じ↓

ナスカの地上絵
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by hiro428 | 2012-06-18 14:58 | '12 ペルー
2012年 06月 17日

パチャカマ遺跡(リマ郊外)

5日目:5月27日(日)

前日の夜は熱があって荷物を整理する気力も体力もなかったから、朝4:15に起きて頑張った。
でも体調は悪いまま、どうにか動いてるって感じ。
顔洗って、歯磨いて、髪とかして、メガネをかけて、朝の準備終了。
ドライヤーをかける気も、化粧をする気も、日焼け止めを塗る気さえ起こらず、見た目もひっっっどい状態( ̄O ̄)
5時に部屋の前に荷物を出して、そのまま朝食を食べに行ったけど、パンすら食べれなかった。
あまりにも酷い顔だったのか、ホテルで用意してある酸素ボンベで一番に酸素吸入させてくれた。
気持ち的なものかもしれないけど、高地と咳で苦しくなってた肺が少しラクになった感じ。
私の他にも何人か同じように酸素吸入してたら、例の広島の夫婦の奥さんの方が「興味があるから」ってだけでやろうとして、さすがにそれは自分でもよろしくないと思ったのか「時間がないからいいわ」ってやめてた。
そんな問題かよ!って、具合が悪いながらも心の中でつっこんだ。

5:45にホテルを出発、やっと寒いクスコから離れられるって思ったら、クスコは空港の中も寒かった(TーT)
何をやるのもモタモタしてる添乗員のお陰で!?みんなは空港内のお土産屋さんで買い物ができたみたい。
私はお土産なんて見る元気もないから、少しでも温かい場所を探してジッとしてた。
やっと添乗員がチェックインを終えて戻ってきた。
7:40発のスターペルー航空から同じ時間の“Peruvian Airlines”に変更、そして出発はかなり遅れたけど、約1時間でリマに到着。
空港に迎えに来ていた、リマ⇔ナスカをバスで往復する過酷な旅を共にする現地ガイドは、日本語が話せないペルー人だった。
運転手は2人、さすがに1人じゃきつい距離だもんね。

バスは相変わらずの大きさ、ツアー客17名+添乗員+現地ガイドで1席だけしか空きがないマイクロバス。
これで片道7時間以上か・・・って、みんなが口に出してたけど、添乗員には聞こえてないんだろうなぁ~。
だって、現地ガイドが日本語じゃなくて英語だったから、今まで以上に必死な感じだったもん。

バスに揺られること約1時間、リマから南へ約30kmの海岸近くにある「パチャカマ遺跡」に到着。
15世紀にここを征服したインカが「パチャ(Pacha):天地」「カマ(Camac):創造者」、「パチャカマ(Pachacamac):天地の創造者」って名付けたそうだ。
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海岸地帯の住民に信仰された天地創造の神“パチャカマ神”の御神体は「魚」だったらしい。
パチャカマを占領したインカは、パチャカマ信仰を禁止せずに、新たに「太陽の神殿」と「月の神殿」を造ったそうだ。
アリゾナ辺りでもよく見るアドベ(adobe)っていう日干し煉瓦で造られたピラミッドの上にあるのが「太陽の神殿(El Templo del Sol)」。
ちょこちょこと赤っぽい色が残ってたりするのが凄いね。
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太陽の神殿の一番高いところに「王の椅子」があって、そこから王様気分で海が眺められるように前は椅子が置いてあったって言ってた。
今は何もないから、上まで行って、海を眺めて、フゥ~~~ンって階段を下りる感じ(^◇^)
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1563年、他の街と同じように金銀欲しさにやってきたスペイン人が火を放って、プレインカからインカにかけて栄えたパチャカマは廃墟になってしまったそうだ。
その中でも発掘、修復が進んでるのが「処女の館(ママクーナの神殿)」。
マチュピチュの前に見てたら、きっと感動してたんだろうなぁ~。
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遺跡の入口のとこに頭の上にだけチョロッと毛の生えてる犬が2匹いた。
体毛がないから病気みたいにみえるんだけど、毛がないってのがインカ犬の特徴なんだって。
そういえば・・・オバマ大統領の娘がアレルギーなんだけど犬が飼いたくて、毛のない犬をどうのってニュースになってたよね。
やっぱ犬には毛があったほうがかわいいって思った。

2時間ほど走り、途中にある街のレストランでランチをとった。
さっぱりしたスープが美味しくて、チリのソースみたいのとか、ライムを絞ったら、また違う味で楽しめた。
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「今日のお昼は“ペルー風焼きそば”です」って言われたけど、味も見た目も全く想像できなかった。
あ~~~、見た目は確かに焼きそばっぽい!
味はねぇ~、1人ランチのときに冷蔵庫の余り物でチャチャッと作っちゃったパスタって感じかな。
自分しか食べないと思うと、味付けも醤油とか胡椒とか適当に入れちゃうじゃん。
そんな感じの「あ~~~、何か食べたことある!」的な味だった。
気温が上ったのと、標高が下がったのが良かったようで、食欲も復活!!
麺類ってのも嬉しくて完食しちゃった(^▽^)
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デザートは“ルクマ”っていう果物のアイスが出てきた。
栗みたいな、芋みたいな、美味しいけど、何とも表現の難しい味だった。
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トイレ休憩で寄った街でかわいい3輪のタクシーを発見。
タイのトゥクトゥクと違って、ちゃんと囲まれてて車っぽくはなってるけど、名前は“モトタクシー”って言うそうだ。
どんなに車っぽく見せても、名前が堂々と“バイクタクシー”って意味だもんなぁ~(^m^)
ペルー人の現地ガイドさんが言うんだから間違いないだろう。
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夜7時、まだナスカのホテルには着かない。
突然バスが道路脇に停まった。
運転手さんがトイレでも行きたくなったのかって思ったら、南十字星が見えるから停まってくれたらしい。
十字の右の星がかすかにしか見えなかったけど、本物が見れて感動した。
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ホテルに着いたのは9時前だった。
途中1ヶ所30分くらいの観光(パチャカマ遺跡)があって、ランチとトイレ休憩があって、南十字星もちょこっと見たけど、なんだかんだとリマの空港から約11時間が経ってた。
「リマからナスカまで所要時間7時間」て誰が調べたんだ???

周りには何もないようなホテルだから、夕食はもちろんホテル内のレストラン。
ピスコサワーがサービスで出された。
風邪薬がきれてきて喉が痛かったから、ピスコサワーで喉が麻痺してちょうど良かった!?
パスタの入ったスープは、ちょっと濃厚で美味しかった。
浸ってたパンみたいのはイマイチだったけど・・・。
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チキンとビッグコーンのカレー煮みたいなのがメインで出てきた。
チキンがパサパサで、1つ食べてやめちゃった。
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デザートはムースだった。
何のムースか・・・ん~~~、普通の美味しいムースだった( ̄◇ ̄)
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部屋の鍵と蚊取りマットを受け取り、わかり難い造りになってるからと、添乗員の案内で部屋に向かう。
が、しかし添乗員もわかってないようで、イラッとするほど遠回りさせられた。
いやいや、案内してくれたんだから、よしとしなくては・・・(-_-)

ベッドで眠れるのもこれが最後。
長い1日も終わり、ありがたく眠りについた。

ナスカ泊:Hotel Majoro
 (Panamericana Sur Km. 452, (frente al aeropuerto), Nazca)
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by hiro428 | 2012-06-17 16:35 | '12 ペルー
2012年 06月 16日

マチュピチュ3/3

マチュピチュの背後にそびえる“ワイナピチュ”に登るための入口にはたくさんの人が集まってた。
1日400人だったかな?入山できる人数が決まってて、登りたい人は予約しておかないとダメらしい。
で、入口で入山時間と名前を書いて、降りてきたらまた時間と名前を書くそうだ。
じゃないと、山から落ちちゃう人がいるから、戻ってこない人がいた場合は探しに行かなくちゃいけないんだってさ。
登らないと見れない景色には興味あるけど、一部は整備されてるとはいえ、断崖絶壁の急勾配を片道1時間くらいか???
ん~~~、私には絶対に無理だ。
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神聖な場所だったり、偉い人の住居だったり、重要とされる場所は石がピッタリ積んであるんだけど、庶民の家なんかは石の隙間を埋めてるから、どうしても年に1回くらいは修復しないといけないらしい。
身分が低ければ低いほど、不揃いの石を積み上げた雑な造りになってるそうだ。
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実はネズミなのに“アンデスウサギ”と言われる“ビスカッチャ”なのか、それともただの野ウサギなのか。
半端ない日差しを避けるため、岩場の影でコッソリしてた。
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左上:ハイラム・ビンガムがたどり着いたとき、ガイドの少年が石臼として使ってるのを見て、ずっと“石臼”だと信じられていた直径60cmくらいの2つの石。
でも、インカの人々はこの水に映った太陽とか月とか星とかで天体観測したのではないかと・・・。
石の中には今でも雨水が溜まってて、見る角度によっては確かに太陽が映りこんでた。
左下:大きすぎてコンドルが翼を広げたような石積みの全容が撮れなかった「コンドルの神殿」。
インカ帝国では“アマスア(盗まない)”“アマユア(騙さない)”“アマケア(怠けない)”っていう掟があって、それを破ると重い刑がくだされてたから、半地下になってるコンドルの神殿は“牢獄”だったんじゃないかとも言われるそうだ。
でも、地上と太陽を結ぶコンドルがモチーフってことは、太陽神に捧げ物をした場所ではないかって話も・・・。
石積みの前にあるコンドルの顔の形をした石は、リャマを生贄にした儀式のためのものらしい。
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緑もあって、意外と住みやすそうだなって思った(^▽^)
あ、でも“アマケア(怠けない)”って掟には従えないなぁ~。
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石を削って造られた水路には、神殿エリアにある第1~4の水汲み場と、居住区などのエリアにある第5~16の「16の水汲み場(Las Fontanas)」があって、今でもチョロチョロと水が流れてた。
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マチュピチュ2/3にアップした「太陽の神殿(Tempo del Sol)」の下の部分が「陵墓(La Tumba Real)」といわれてる、巨大な岩で斜め半分がさえぎられた三角の石室。
中央に墓石みたいな石の突起物があることから、ハイラム・ビンガムは「ミイラを収めた陵墓」って考えたんだけど、実際にミイラは見つかってないそうだ。
発掘品から「大地の神パチャママの神殿」だったのでは・・・って説もあるけど、ん~どうなんだろうね???
自然の岩の上に隙間なく石を積み上げる技術も凄いんだけど、“毒蛇の通路(Ventana de las Serpientes)”って呼ばれてる、石の中を鋭角に屈折して反対側に抜けてる穴が何個もあって、それはどうやって造ったものなのかわからないらしい。
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マチュピチュ観光はこれにて終了。
リャマが寝たまま草を食べてた。
こいつ、インカ時代だったら、まず最初に生贄にされてただろうな( ̄ー ̄)
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ここまで来るのは一生に一度だと思うから、これで見納めだ(  ・ _ ・  )
今でも夢だったんじゃないかと思う。
いや、まだ抗生物質とか咳止めとか飲んでて、週1で病院通いしてるくらいだから、夢じゃないんだけどね。
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ランチは入口にあった“サンクチュアリ・ロッジ”のビュッフェ。
まず、冷たいコカコーラ・ゼロを一気飲み。
それから料理を取りに行ったんだけど、結局スープとフルーツしか食べれなかった。
フルーツもね、甘いわけでもなくて、普段なら残しちゃうような味なのよ。
でも、それくらいしか喉を通らないし、そもそも味もわかんなくなってきてたからね。
でっかい肉もあったんだけどなぁ~~~、今なら食べられるのになぁ~~~、本当に残念( ´△`)
そうそう、欧米人のツアー客を対象に演奏してた曲も、やっぱり「コンドルは飛んでいく」だった。
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バスでマチュピチュ村まで戻り、電車の時間に合わせてホテルから荷物が届くまでフリータイム。
ここで売ってるお土産はクスコから運ばれてるからクスコの何割増かで売られてて、しかも値切るのは難しいって言ってた。
そんなこと言われて誰が買うんだよって思ったけど、私を含めて3人は駅の待合でおしゃべりしてたけど、それ以外の人たちはみんな買い物で時間を潰してた。

15:18ボーディング、15:48発のビスタドームに乗り込む。
食べる気は全くなかったけど、寒くて寒くてしょうがないから、温かいミルクティーをもらって飲んだ。
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持ってる服を全部着込み、ウインドブレーカーのフードもスッポリかぶって、オリャンタイタンボまでひたすら寝た。
私が寝てる間、車内ではいろんなことが起こっていたらしい。
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ダンスあり、車内販売を含めたファッションショーありと、お客さんを飽きさせない2時間だったそうだ。
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オリャンタイタンボからは、迎えに来てるはずのバスに乗ってクスコのホテルに向かう予定だった。
しかし!オリャンタイタンボでお祭があって、迎えに来る途中でバスが動けななくなってると!!
しばらく駐車場で待たされるが、あまりにも待たされるので、私だけじゃなくて、みんな座ってた。
駐車場に待機してた2台のマイクロバスで街の中心まで行き、そこで迎えに来る予定だったバスに乗り換えることになった。
二手に分かれてバスに乗り込みギューギュー状態で出発するのを待ってると、今度は全員が乗れる(ちょっとだけ)大きいバスに乗り換えるように言われた。
ガイドのチュラさんが交渉して、そのバスでクスコのホテルまで行くことになったらしい。
しかし、出発したのもつかの間、お祭の交通規制でバスがまったく動かない。
このまま一晩バスで過ごすんじゃないかって誰もがうんざりしてたけど、何とか9時にはホテルに着き、ホテルの地下にあるレストランで夕食。
お腹は空いてるんだけど、メインの魚料理は匂いだけで「いらない」って断って、スープとバナナだけが甘くて美味しかったフルーツミックスだけ食べた。
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荷物は部屋の前に置いてあるということで、みんなはまだ食べてたけど、先に鍵をもらって部屋に行くが・・・マチュピチュのホテルも寒かったけど、クスコのホテルも寒い!!
毛布を2枚持ってきてもらったけど重いだけで温かくないし、部屋の暖房も毛布を持ってきてもらったついでにつけてもらったけど寒いまま。
マチュピチュで頑張っちゃって、追い討ちをかけるような電車とバスの移動、さらに咳が出るのに3360mの高地での宿泊でしょ。
咳する度に死にそうに苦しいわけよ。
体調的に、この夜が一番つらかったかもなぁ~~~。

クスコ泊:Hotel Samay
 (Ave. San Martin 206-Cusco-Peru)
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by hiro428 | 2012-06-16 15:44 | '12 ペルー
2012年 06月 15日

マチュピチュ2/3

マチュピチュを見下ろしたら、今度はマチュピチュの中に入ってみよう!!

マチュピチュの正門だった「市街地入口(Puerta de Acceso a a la Ciudad)」と言われる石の門。
高さ2m20cmの石の枠の上の部分には丸い出っ張り、両サイドには石棒の挟まった凹みがあって、それを利用して木の扉がつけられたらしい。
説明されてもどんな構造の扉だったのか全くわからなかった( ̄▽ ̄;)
門をくぐると、左手の上のほうにさっきまでいた見張り小屋が見えた。
一生懸命歩いてたから気付かなかったけど、けっこう降りてきてたんだね。
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もうマチュピチュの街の中にいるんだよねぇ~。
テレビとかで見てた場所に自分がいるってことが不思議だった。
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水路自体はインカの前の時代“プレ・インカ”のものだけど、それをさらに広げて網の目のように張り巡らせたのはインカの時代なんだって。
窓から見える山々は、きっと今も昔も同じなんだろうなぁ~。
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太陽の神殿(Tempo del Sol)」を上から見たとこ。
後々これを下から見た写真も出てくるので、なんとな~く覚えとくと“あ~~~こうなってたのか”って二度楽しめる(^▽^)
東に向いた窓からは、夏至と冬至に太陽の光が入り、黄金の像を照らす設計になってたそうだ。
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きっと、ここだって元々は他の山と同じように木が生い茂った場所だったんだよね。
それをこれだけのものにするって・・・はぁ~~~、すごい話だ。
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インカ族の発祥には2つの伝説があって、その1つが“タンプ・トッコ”っていう3つの穴から8人兄弟が生まれて、その内の1人がクスコでインカ帝国の基礎を築いた初代皇帝マンコ・カパックだって話。
左上:「神聖な広場(La Plaza Sagada)」の東側にある「3つの窓の神殿(Templo de Las Tres Ventanas)」こそが、その伝説のタンプ・トッコじゃないかって言われてるそうだ。
右上:冬至のときだけ、半分しかない石に同じ大きさの影が出来て“チャカナ”っていうインカ十字が完成するんだって。
チャカナは現地の言葉で“南十字星”って意味で、インカの世界観を表すシンボルでもあり、ガイドのチュラさんは“お守り”だってチャカナのペンダントをしてた。
左下:幅8m(大きな石は4.5m)で、3方を壁に囲まれてる「主神殿」。
17個ある壁のくぼみには、インカの偶像が入っていたとか・・・。
右下:この3つで構成されてる広場なのにサラッと素通りしたのが「神官の館」。
観光客も誰もいない。
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左:矢印のほうの角が南で、南十字星を表してるという石
右:どうでもいい写真なんだけど・・・ガイドのチュラさんが巨人に見える面白写真(^m^)
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マチュピチュのミニチュアと言われる石。
まぁ~~~、そう言われれば、そんな気もするかなぁ~~~。
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マチュピチュの最も高い場所にあるのが、高さ1.8mの日時計インティワタナ(Intihuatana)」、インティは“太陽”、ワタナは“つなぎとめる場所”って意味 。
大きな石を削って造られたもので、突き出てる角柱は高いところで約65cm、低いところで約50cm、角柱の角は東西南北を指してるそうだ。
冬至のときに角柱の角を結ぶ対角線を太陽が通過するってことで“日時計”であると言われてるんだけど、信じるか信じないかはあなた次第って感じ(*`▼´*)b
それから向かいにある石の角(○で囲んであるところ)には、冬至のときに光があたるとか言ってた。
「ここにダイヤモンドが出ます」とか言ってたなぁ~。
そうそう、ここから見える急斜面の段々畑をハイラム・ビンガムはよじ登ってきたらしいよ。
まさに探検だね!!
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パワースポットとしても有名だそうで、ペルー人の団体さんもみんな手をかざしてた。
私はパワースポットと言われる場所に行っても何がどうでどうなんだ???って感じだから、今回もヒンヤリしてんなぁ~くらいで、どんなパワーなのかよくわかんなかった。
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幅7.6mもある一枚岩「聖なる岩」の前で休憩。
後ろにある“ヤナンティン山”を模してる岩で、ちゃんと立ち上がって撮れば「本当だぁ~~~」って思える写真が撮れたらしい。
ここが折り返し地点だからね、けっこうヨレヨレだったのよ(〃´o`)=3
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折り返しといっても、帰りはまた別のルート。
無駄なく一通り周れるようになってて、なかなか良いルートを作ったもんだ。

つづく・・・。
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by hiro428 | 2012-06-15 14:46 | '12 ペルー
2012年 06月 12日

マチュピチュ1/3

4日目:5月26日(土)

朝から快晴!!
傘やポンチョなどの雨具と、寒さ対策の厚手のウインドブレーカーは置いてって大丈夫って言われた。
とはいっても朝は寒いから、私はヒートテックのキャミ+半袖Tシャツ+フリース+厚手のウインドブレーカーと4枚重ね。
風邪薬は1日2回のだから、あんまり早く飲むと切れるのも早いじゃん。
だから出発するちょい前に飲んでおいた。
今回の旅の一番のメインだからね、ここは頑張らないと┏| ̄^ ̄* |┛

駅まで運んでおいてもらう荷物に雨具をしまい、持参した100円の水筒にコカ茶を入れ、500mlの水と飴、サングラスと日よけの帽子も持って、8時にホテルを出発!!
そうそう、マチュピチュ遺跡に入るにはパスポートは絶対に忘れないようにね(*`д´)b

マチュピチュ遺跡に行くバスは駅の近くから出るらしい。
そのバス停に向かって歩いていると、魚をプラプラさせてるお兄ちゃん達がいた。
「ねぇねぇ、写真撮らせてぇ~~~」って日本語で言ったら通じた( ̄m ̄)
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発見者の名前がついた“ハイラム・ビンガム・ロード”っていうクネクネした坂道を恐ろしいほどのスピードで進むバス。
もちろん反対からもバスは来るわけで・・・よくぶつからないものだって感心しちゃった。
バスはマチュピチュ遺跡の入口にある“マチュピチュ・サンクチュアリ・ロッジ”っていうホテルの前で停車。
トイレはこの入口にある有料の1ヶ所のみだから、遺跡に入る前に絶対に1ソル払って入っておくべきだと思う。
1ソルがない場合はちゃんとお釣りをくれるし、あんまり意味なさそうだけど領収証もくれるよ。
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さぁ、いよいよ憧れのマチュピチュ遺跡だo(>▽<*)(*>▽<)o
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標高約2400mにある空中都市“マチュピチュ”は、インカの都市をことごとく破壊しまくったスペイン軍に見つかることなくほぼ無傷のまま残され、今から101年前の1911年にアメリカの探検家“ハイラム・ビンガム”によって発見された。
発見されたときは草に埋もれた廃墟だったそうだ。
ちなみに、ハイラム・ビンガムは考古学者で政治家でもあって、あの“インディー・ジョーンズ”のモデルになった人なんだってさ。
草に覆われた段々畑をよじ登ってマチュピチュを発見したって言うから、まさにインディー・ジョーンズって感じ。
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マチュピチュ遺跡の中は歩くルートが決められてるから、抜かされることはあってもすれ違うってことはないのね。
でも、トレッキングでマチュピチュを目指す人たちの荷物を運ぶポーターは別らしい。
黙々と歩いてきたので道を譲る。
荷物の重さは約20kgって決められてるそうだ。
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日陰を見つけて2回ほど軽い休憩を取りながら、ついに見えてきた!!
あ~~~、これが見たかったんだよぉ~~~q(T▽Tq)(pT▽T)p
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ケチュア語で“老いた峰”という意味の標高2940mの“マチュピチュ山”と、同じくケチュア語で“若い峰”という意味の標高2690mの“ワイナピチュ山”を結ぶ尾根に造られた都市がマチュピチュ
麓との標高差は約400m、麓からは見えなくて、空中からしかその存在を確認できないってことから“空中都市”っていわれてるんだってさ。
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マチュピチュ遺跡の最南端に位置する“見張り小屋”。
屋根は“イチュ”っていう高地に自生するイネ科の植物を使って復元されてて、その屋根を取り付けるため用の石がちゃんと出っぱってるの。
こういう細かい部分がちょっと感動だよねぇ~。
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斜面には段々畑(アンデネス)が造られ、300~1000人が生活してたとされるマチュピチュの住人のためのジャガイモ、トウモロコシ、キヌア、コカの葉などが作られてたんだって。
作物はいつでも食べられるように乾燥させて、風通しのいい貯蔵庫(コルカ)で保管されてたそうだ。
右上の写真は、神聖な儀式が行われた場所ではないかと言われてる“儀式の石”と、その後ろに見えるのが、訪問者の休憩所ではないかと言われてる整然と並ぶ石積み“カリャンカ”。
山に薄っすらと見える線は、インカ帝国全土に張り巡らされた“インカ道”。
その総延長は、なんと4万km!?
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見張り小屋を見張れる場所に座って休憩(^m^)
気持ちいいんだけど、日差しが半端じゃなくて辛かった。
しかも、気をつけて座らないとリャマのウ○コが・・・。
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東側の太陽が当たる段々畑では作物を作り、西側の太陽が沈む段々畑には神への感謝の捧げ物を置き、急斜面の段々畑は山崩れを防ぐ目的があったそうだ。
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マチュピチュの総面積は5k㎡って言われてるけど、その広さは尾根に広がる都市部分だけのことで、実際はその倍以上の広さじゃないかって調査が進んでるとか・・・。

厳しい日差しの下での休憩の後は、マチュピチュの市街地に入ってみよう!!

つづく・・・。
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by hiro428 | 2012-06-12 14:48 | '12 ペルー
2012年 06月 11日

展望列車“ビスタドーム”

標高3360mのクスコからバスに揺られること約2時間、途中4190mの山を越え、ペルーレイルの「オリャンタイタンボ駅」に到着。
オリャンタイタンボは標高2850m、高山病ならラクになる高さだけど、私の体調は酷くなる一方だった(-_-;)
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ホームの向こう側にあるのは“ウルバンバ川”。
この川はアマゾン川の支流の1つで、アマゾンの本流と合流して大西洋へと流れているそうだ。
15:07ボーディング、15:37の出発予定だったけど、30分ほど遅れてマチュピチュ行きの展望列車ビスタドーム”がホームに入ってきた。
遅れを取り戻すため、普段はパスポートとチケットの確認をするところを省略して、チケットの半券を集めるだけでガンガン乗せてた。
ビスタドームは天井部分も窓になってて、飛行機と同じように車内サービスもあった。
喉をスッキリさせたかったから、まっ黄色のインカコーラをもらい、パンとかは食べなかったけど、そこそこ美味しかったらしいよ。
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何ヶ所か、反対からやってくる電車とすれ違うポイントがあった。
けっこう本数あるのかな???
すぐ横をウルバンバ川が流れてるから、雨期には洪水で不通になることもあるらしい。
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ツアーだから自分じゃ選びようがないんだけど、マチュピチュに向かうときは進行方向左側に座ると景色がキレイなのでオススメ。
私はたまたま左側だったから、頭痛と寒気と戦いながらも頑張って写真を撮りまくった。
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そろそろ休もうかなって思ったら、ガイドのチュラさんがやってきて「もう少しで遺跡が見えます」って言うから、また頑張っちゃった。
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反対からやってくる電車とのすれ違いポイントに、どこからともなくお婆さんが現れた。
何が目的なのかはわからないけど、電車が動き出すと、また森の中に消えて行った。
みんなが冗談で「次はお爺さんかな?」って笑ってた。
ほんと、次々出てきたら面白かったのになぁ~!?
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山道を馬に乗って、リャマだかアルパカを連れてる人がいた。
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インカ・トレッキングの出発地点となる場所でペルーレイルを降りて、そこから3泊4日で山道を歩いてマチュピチュを目指す人もいるそうだ。
うわぁ~~~、こんな橋、絶対に渡れない(>_<)
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インカ時代の遺跡はいろんな所にあるようで、インカ・トレッキングをする人はそういうとこも周るんだって。
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水力発電を過ぎ、民家っぽいのが見えてきたら“マチュピチュ駅”に到着。
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2時間弱の電車の旅、月が見える時間になってた。
マチュピチュの標高は2430m、オリャンタイタンボよりさらに420mも低いんだね。
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駅からホテルまでは、車が入れないため徒歩。
貴重品以外の1泊2日分の荷物は運んでもらえたから良かったけど、けっこうな上り坂だったよ。
そして、ホテルに着いてキョロキョロ・・・思ったとおりエレベーターのないホテルだった( ̄~ ̄)
部屋は2階、でもロビーを1階と数えないホテルだったから、正確には3階だった。
部屋で一休みしてから、7時にロビーで再集合・・・もちろん階段。
夕食はロビーの横にあるレストランというか、テーブルのあるスペースだった。

ボケちゃったけど、シンプルで美味しいパン。
半分しか食べられなかったのが心残り(T△T)
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でっかいアボカドがドカンとのった、アボカドとトマトとオリーブのサラダ
美味しくて完食。
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メインは鶏肉の串焼きだった。
胸肉の割りにはやわらかくて美味しかった。
でも、これも半分しか食べられなかった、残念。
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デザートはペルーのシリアル“キヌア”のプリンみたいのにキウイのスライスがのったものだった。
サーブしてくれたおじさんにスペイン語で「これ何?」って話しかけて、説明を聞いてるうちに写真を撮り忘れてしまった。
見た目は牛乳と卵の普通のプリンに見えるんだけど、食べると確かにプチプチしてた。
体に良さそうで、しかも美味しいデザートだった。

さぁ!明日はいよいよマチュピチュ遺跡だ!!

マチュピチュ泊:Taypikara Boutique Machu Picchu
 (Ave. Pachacutec Mz. 19 Lot. 09 Machupicchu-Urubamba-Cusco-Peru)
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by hiro428 | 2012-06-11 13:00 | '12 ペルー
2012年 06月 10日

カテドラルと12角の石(クスコ)

スペインもインカ帝国も、街づくりの基本は、まず中心に広場をおくこと。
クスコの「アルマス広場」もインカ帝国時代には“ワカイパタ”と“アウカイパタ”の2つに区切られた広場だったそうだ。
その広場の土は神聖なものとしてインカが征服した街に撒かれ、代わりに広場には300km以上も離れた海岸の砂を運んできたと・・・。
ん~~~、それが権力ってやつですか!?
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アルマス広場に面して建ってる「カテドラル(Catedral)」は、インカ帝国時代の“ビラコチャ神殿”の跡に1550年から100年かけて造られ、1659年に付けられた南米一の大きさを誇る鐘の音は、なんと40km先まで聞こえるそうだ。
中には入らなかったけど、銀300tを使った祭壇とか、クスコ名物クイ(テンジクネズミ)がご馳走として描かれてる“最後の晩餐”が有名らしい。
最後の晩餐といえばパンとワインってイメージだけど、絵によっては羊の頭とか動物の丸焼きがテーブルにのってるから、クスコではクイがテーブルにのっててもおかしくはないんだろうね。
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インカ第11代皇帝ワイナ・カパックの宮殿跡地に建てられた、2つの鐘楼が目印の「ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会(Iglesia de la Compana de Jesus)」。
今の教会は1650年の大地震の後に再建されたものらしいけど、その300年後の1950年にクスコを襲った巨大地震には耐えたってことなんだよね。
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平日の昼間とは思えないほど、時間がゆったり流れてる感じがした。
ここで生まれ育った人なら高地だからって走り回ったりしたりしても別に何ともないんだろうけど、例えば、ちょっとリマまで旅行してクスコに戻ったときはどうなんだろう???
やっぱり最初はちょっとくらい息苦しかったりするのかな???
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イタリアでもそうだったけど、何で高いとこ高いとこに十字架を建てたくなるんだろうか・・・。
左手の山の上には十字架、右手の山の上にはブラジルにあるようなキリスト像が建ってた。
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アルマス広場からカテドラルの横道へ。
水にタバコにコカキャンディ、サンポーニャに石ころまで何でも売ってるのに暇そうなおじさんがいた。
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アトゥンルミヨク通り”に入ると、インカ皇帝のコスプレしたおじさんがいた。
いつでもココにいる有名人らしく、このおじさんと写真を撮りたい人はUS$1を渡すと変な!?帽子をかぶせてくれる。
ツアーのおねえさん方が代わる代わる撮ってたから、このおじさん、ほんの数分で軽くUS$10以上は稼いじゃったと思う。
きっと大豪邸に住んでるんだろうなぁ~~~( ̄ー ̄)
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目的は「12角の石」、その手前にあるのと勘違いしちゃった。
こっちはゆる~い8角だった(^◇^)
リャマと民族衣装を着たおばさん達と写真を撮りたいときは、1ソルを渡せばいいそうだ。
彼女達は普段からこの衣装を着て生活してるから、コスプレおじさんと違って、ただで撮られるよりマシって感じらしいよ。
ちょっとしたお小遣い稼ぎ!?
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石も大きかったし、人も多すぎて右下部分が撮りきれなかったけど、これが有名な「12角の石」。
全部の石を四角にすればもっと簡単だったはずなのに、あえて12角にして、それをもピッタリ隙間なく積み上げてるって凄いよね。
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カテドラルの左手にあった“ヘスス・マリア教会”のことをガイドのチュラさんは「サグラダ・ファミリア(バルセロナ)と同じ」って言ってたけど、何がどう同じなのかはわからなかった。
下北沢でも見かける、ペルーの大黒様的な!?人形“エケコ”。
自分が手に入れたいもののミニチュア品を持たせ、火曜日と金曜日にタバコを吸わせると願いが叶うらしい。
ペルーで購入した場合、コカの葉が入った袋を持ってることがあるから日本に持ち帰るときは注意が必要だそうだ。
帰国する日に添乗員からそう言われた人達が、一度バスに積んだカバンを引っ張り出して確認してた。
なにも帰国する日に、しかもカバンを積んだ後に言うくらいなら、もっと早く言えばいいのにねぇ~。
正直タバコを吸わせるのも面倒だし、あんまり興味がなかったんだけど、ピーチャイにそっくり(右下)な陶器製のエケコを発見したので購入(^m^)
大きいのはUS$15だったけど、その下のサイズでUS$7だった。
日本人経営のお土産屋さんだったから、かなり値段はぼったくってたと思うけどね。
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やっとランチ・・・っていうか、やっと座れる(-。-)
頭痛が治るなら何杯でも飲んでやる!って思ったコカ茶
高山病じゃなかったから、結果、いくら飲んでも治らなかった(T-T)
コカといえばコカイン!?って心配しちゃうけど、、コカを抽出精製して作られるのがコカインで、コカの葉自体はコカイン濃度が薄いため依存性や精神作用は非常に弱いそうだ。
クスコみたいな高地では、高山病の症状を緩和させるって言われてて、ホテルにもコカの葉を干したのとかティーバッグが、他のハーブティーと一緒に置いてあった。
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キヌアってシリアルとジャガイモ、硬いほうれん草みたいな葉っぱが入ったスープは、ちょっとクセがあったけど美味しかった。
私がいたテーブルでは4人全員が「美味しい」って言ってたけど、中には「食べられなかった」って人もいたみたい。
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メインはロモサルタードっていう郷土料理だった。
ロモサルタードってのは、牛肉、玉ねぎ、トマトを炒め、味付けに醤油を使うこともあるので、日本人の口に合う料理だそうだ。
フライドポテトとご飯が添えてあるのが定番らしい。
たしかに美味しかったけど、肉の硬さに日本との違いを感じた( ̄▽ ̄)
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一歩足を踏み出すごとに頭がズキンズキンする。
早く休ませてくれぇ~~~って思った。
そんな時、ガイドのチュラさんが「太陽の周りに虹が出てる」って教えてくれた。
空を見上げるのも辛いけど、太陽の周りの虹は本当にキレイだった。
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バスに乗り込み、マチュピチュ行きの電車に乗るためにオリャンタイタンボへ。
山を越えて2時間くらいだったかなぁ~???
途中、何度か起きたけど、頭痛と戦いながら、ひたすら寝てた。

つづく・・・。
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by hiro428 | 2012-06-10 13:07 | '12 ペルー
2012年 06月 08日

サント・ドミンゴ教会/コリカンチャ:太陽の神殿(クスコ)

3日目:5月25日(金)

朝4時起床、5時に荷物を廊下に出して、5:45にはホテルを出発。
そして8:00発の「スターペルー航空」でリマからクスコへ。
国内線なので、エジプトのときと同様、手荷物に水とか持ってても問題なし!
さすがに刃物とか危険物はダメだけど、1泊分2日分の荷物を手荷物にしておかないといけなかったから、水とかポカリスエットを手荷物で持てたのは良かった。

1時間ちょっとのフライトで標高154mのリマから富士山の8合目付近にあたる標高3360mのクスコに到着。
とにかく急がないように、普段の半分のスピードで歩くようにした。

インカ帝国の正式名称は“タワンティン・スウユ”、ケチュア語でタワンティンは“4”を意味し、スウユは、“州/地方”のこと。
街のいたるところに像がある、クスコ王国の9代サパ・インカ(皇帝)だった“パチャクテク”が、インカ帝国の前身となるクスコ王国を「北西のチンチャイ・スウユ、北東のアンティ・スウユ、南西のクンティ・スウユ、南東のコリャ・スウユ」の4つの州/地方に分け、その中心にあるのがケチュア語で“へそ”という意味のクスコなんだそうだ。
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クスコのガイドは日本語ペラペラのペルー人男性チュラさん。
石原良純みたいな、野口健みたいな、眉毛に特徴のある人だった。

まず向かったのは「サント・ドミンゴ教会(Iglesia de Santo Domingo)/コリカンチャ:太陽の神殿(Qorikancha)」。
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向かいの広場では、6月に行なわれる“インティ・ライミ(太陽の祭)”の準備中だった。
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仕事しないで広場を夢中で見てたアイス屋のおじさん。
買わなかったけど、写真だけ撮らせてもらった。
さらに坂を上っていくと、造った年代が違うっぽい壁が出てきた。
コリカンチャの壁には幅20cm以上の金の帯がつけられ、中に入ると金の石が敷き詰められ、そこには金のとうもろこしが植えられてたり、等身大の金のリャマを連れた像や金で覆われた太陽の祭壇、その祭壇には分厚い金の太陽像があったそうだ。
征服者スペイン人によって、それらの金は取り除かれ(溶かして金塊にしてスペインに送られた)、神殿の上部は壊され、残った土台に教会を建てたんだって。
でも、その後の大地震で教会は崩れたけど、土台はひずみ一つ起こさなかったってのは有名な話。
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気持ち的には買ってあげたかったけど、どうにも購買意欲がわかない人形を売るおばあちゃん。
そのおばあちゃんの前を通り、サント・ドミンゴ教会へ。
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この時点で、すでに頭痛と戦う私。
高山病だと思ったから、水分取ったり、飴なめたり、深呼吸したり・・・でも治らなかった。
そう、だって高山病じゃなくて熱が出てたんだもぉ~~~ん(T-T)
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宗教的なものの写真撮影は禁止。
中庭(広場)とかは問題なしだけど、廊下は宗教的な絵があるとこはダメだったりとイロイロ難しかった。
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インカの石組みといえば「カミソリの刃1枚すら通さない」っていうけど、左上の写真なんか、わずか1cm四方くらいの石をわざわざ組み込んでるんだよ。
そうはいっても、やっぱり度重なる地震でゆがんできてるところもあるらしい。
中庭を囲むように「月・太陽・稲妻・虹・星などの部屋」があって、部屋の中の棚みたいにへこんでる部分には、金とか銀の像が飾られてたそうだ。
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奥のさらに奥まで見える、キレイに高さが揃えられた台形の窓。
よく見えるように踏み台が置いてあった。
リャマを生け贄に捧げたと思われる台座と、その裏のほうの壁の下のある小さな3つの穴。
この穴からリャマの血やチチャ(トウモロコシのお酒)を部屋の外に流したのではないかと・・・どれもこれもハッキリしてないんだけどね。
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外観からはわからないけど、重要な部分の石壁に使われる石にはいろんな形の凹みが掘られてて、そこに凸部を持った石を噛ませて補強してあるそうだ。
日本の釘を使わない伝統工法みたいな感じ???
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4つの州/地方という意味の「タワンティン・スウユ(インカ帝国)」を表現した絵!?
頭がボーーーッとしてたので、ほとんどガイドさんの話は聞こえてなかった。
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略奪したスペイン人のスケッチに基づいて作ったという金装飾のレプリカ。
当時のスペイン人にとっては、装飾がどうとか関係なかったんだろうね。
とにかく金・金・金!だったんだろうな。
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ちょっと一休み。
インカ帝国時代はどんな景色だったんだろうねぇ~。
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話しかけたがり!?話しかけられたがり!?の私が触れ合った地元の人々はコチラ↓

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by hiro428 | 2012-06-08 13:29 | '12 ペルー
2012年 06月 07日

アルマス広場(リマ)

ここを中心にリマの街を作ったという、旧市街の「アルマス広場(マヨール広場)“Plaza de Armas(Plaza Mayor)”」。
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広場を囲むように古い建物が残ってて、北側にあるのが「ペルー政庁」だそうだ。
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広場の噴水は17世紀に造られたもの。
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東側にあるのが、ペルーで最も古い「カテドラル“Catedral”」。
スペインから“キリスト教の布教”という使命でやってきた“フランシスコ・ピサロ”が、リマ建都の日でもある1535年1月18日に自らの手で礎石を置いたそうだ。
表向きは布教だけど、実際の目的は黄金の都“エル・ドラド”。
征服してって、金で作られた調度品なんかを溶かして金塊にしてスペインに持ってっちゃったらしい。
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カテドラルの正面左側にあるのが「リマ大司教宮殿博物館“Museo Palacio Arzobispal de Lima”」。
大司教宮殿として使われてた建物が、16~18世紀の植民地時代の宗教画や装飾品を展示する博物館として公開されてるらしい。
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西側にあるのは「中央郵便局」だったかな???
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同じような建物が道を渡ったとこにもあったけど、こっちは公共の建物ではないらしい。
公共の建物の場合、国旗の真ん中に模様が入ってるけど、そうじゃない建物に立ってる国旗には何も描かれてないって言ってた。
あ~、たしかに言われてみれば・・・。
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赤い観光用トラムと、黄色いゴミ屋さんのコラボ(^▽^)
ペルーは南半球だから冬に向かってるとこだけど、リマはお花がいっぱい咲いてて過ごし安い気温だった。
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ペルーでは、貧乏な人は勝手に山の斜面に掘っ立て小屋を作って住んじゃってるんだって。
もちろん税金なんて払ってないんだけど、その辺りを仕切ってる政治家が見て見ぬふりをしてる間は問題なく住んでるらしい。
色とりどりで遠目にはキレイだったけど、実際は人が住んでるのが不思議なほど恐ろしいものだった。
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国立人類学考古学歴史学博物館とか、国立博物館ではなく、なぜか「黄金博物館“Museo Oro del Peru”」に案内された。
写真撮影は禁止で、実業家“ミゲル・ムヒカ・ガーヨ”が集めた、時代も様々な金の装飾品とか、ミイラも展示されてた。
なにも個人のコレクションを見なくても・・・って思ったんだけど、時間的にこのくらいがいいのかもね。
1階はこれまた趣味で集めた古今東西の武器とかが展示されてて、日本の鎧もたくさんあった。
なんか見覚えがあるんだけど・・・って、ずっと気になってた“トゥミ”と呼ばれるナイフ。
インカ帝国で儀礼用、外科手術にも用いられたと言われるナイフなんだけど、どこで見たんだろうって考えてたら、なんと!うちの2階の壁に飾ってあった!!
ははは・・・たぶん両親がペルーに行ったときにお土産で買ってきたんだろうね。
うちの壁にはいろんな国のいろんなものが飾ってあるから、今度から出かける前によ~く見ておこうっと(^◇^)
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黄金博物館の敷地内にあるいくつかのお土産屋さんの中にアクセサリーショップがあって、そこでインカコーラの無料試飲をさせてくれるって言うから行ってみた。
店内には高級なアクセサリーが並んでて、「つけるだけでいいから」ってすっごい勧められるの。
私が何百USドルもするアクセサリーなんて買うわけないじゃん。
つけるだけでも申し訳ないから遠慮してたら、「これはプレゼント」ってペンダントトップをくれた。
携帯ストラップにしたらかわいいなぁ~と思って、これはシッカリ頂いてきた(^◇^)
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夕飯は民族舞踊(フォルクローレ)ショーを見ながらのバイキング。
現地ガイドが「馬もコンドルも出てきますよ」って言うから、どんなショーかと思ったら・・・。
見てみたい人はコチラ↓

馬とコンドル、どっちが恥ずかしい!?
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by hiro428 | 2012-06-07 09:40 | '12 ペルー