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2011年 03月 21日

ドラキュラ伝説の城

9日ぶりに救出された80歳のおばあちゃんと16歳の孫。
オーストラリアの緊急援助隊は、19日に「生存者救助の役目は終了したと判断。現時点で安全性に問題はないが援助隊を不必要なリスクにさらすつもりはない。」って帰国しちゃったじゃん。
帰国しちゃったのはオーストラリアだけじゃないんだろうし、政府としては自国民を守らないといけないからそうさせたんだろうけど、「9日経っても生存者はいるんだぞ!」って言いたいね。
立って歩くことは出来ないけど1部屋分のスペースがあったり、冷蔵庫の中身とかお菓子があったり、毛布とかで少しでも暖が取れて、そんないろんな好条件そのものが奇跡なのかもしれないけど、本当に凄いことだ(T-T)
ニュースで知っただけの私でもこんなに嬉しいんだから、実際に救出に関わってる人たちは「まだ他にも生存者がいるかもしれない!」って、同じ捜索をするにも気持ち的に違うんじゃないかな。
今回、救出された80歳のおばあちゃんも凄く頑張ったんだろうなぁ~って思うけど、一緒にいた16歳の孫は本当に偉いよね。
普段から優しくて強い子だったのかもしれないけど、こんな状況の中、自分だけが助かろうとするんじゃなくて、おばあちゃんのことも考えられるって・・・。
助かったってことだけじゃなくて、そんな子がいたってことも嬉しかったなぁ~。



観光最終日は、吸血鬼ドラキュラのモデルになった城「ブラン城」へ。
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ドラキュラのモデルになった城だけど、実際に住んでたのはドラキュラ公ヴラド3世じゃなくて、彼のおじいちゃん“ミルチャ老公”だったらしい。
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階段を上ったとこにあるのが入り口、この階段の下にトイレがあった。
重い扉を開けてすぐの部屋で説明を聞いて、あとは勝手に見て周った。
といっても、見学通路みたいな一方通行だったんだけどね。
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ブラン城の所有者は何度も何度も変わったそうだ。
建設後はハンガリー王家の所有だったけど、1407年に同盟関係を結んでいたワラキア公国のミルチャ老公(ヴラド3世のおじいちゃん)に所有権を与えた。
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さらに、1427年には管理権をトランシルヴァニア公へ、1498年にはブラショフ市に賃貸され、1513年からはブラショフ市が所有権を持つ事になった。
1920年にブラショフ市の評議会がルーマニア国王フェルディナンド1世の王妃マリアにブラン城を寄進し、城はマリア王妃によって改修された。
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しかし、1948年に王家が国外追放されて、共産主義政権によってルーマニアの所有になった。
城は博物館として整備されて一般にも公開されたけど、そもそも城と装飾品はマリア王妃の娘イレアナ王女に遺産として残されたものだったってことで、2006年にイレアナ王女の実子であり遺産相続人のニューヨーク州の建築家ドミニク・フォン・ハプスブルクに返還された。
でも、返還されて1年も経たないうちに城を競売にかけちゃったんだって。
しかもホテルとかリゾート化しようって話だったから、これにはルーマニア人も怒って“返還自体無効”って、裁判が何度も開かれたそうだ。
結局“返還自体は正当”ってことになったんだけど、さすがに競売は取り下げて、地元政府と保存方法を話し合ってるんだってさ。
もらったはいいけど、保存・管理するには莫大なお金が必要になるもんねぇ~。
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中庭には井戸があった。
誰もが必ず井戸の中をのぞく、なんでだろうね???
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井戸の中は水じゃなくてお金が入ってた。
なんとなく入れたくなっちゃうんだろうねぇ~(^m^)
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ブラン城の下のほうにはお土産屋さんがズラリ。
ここでルーマニアのピアトラ・クライユルイ山脈の地底200mから採取したクレイ(泥)を使ったコスメ「アスラヴィタール」のシワ取りジェルなんぞを買ってしまった。
ルーマニア革命以前、ルーマニア政府が国家プロジェクトとしてファルメック社とルーマニア国立老人医学研究所のアナ・アスラン博士のチームに共同開発させたのが、老化予防医学の「ジェロヴィタール」。
1989年のルーマニア革命後、1995年にファルメック社は完全民営化されて「アスラヴィタール」、「エコヴィタール」っていう新しいブランドも誕生したんだってさ。
1000円くらいで買えるって話だったから、正直ちょっと気にはなってたのよ。
でもね、他の人は“ちょっと気になる”程度じゃなかったの!!
1人5個くらい買ってる人もいて、あっという間に無香料の若返りクリームは売り切れ。
私はというと、ピーサオと自分用に「アスラヴィタール・アンチリンクル・セラム」ってのを購入してみた。
効果はねぇ~、どうなんだろうね?よくわかんない。
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最後の観光地ブラショフへ。
14世紀に建てられたルーマニア正教会の聖堂「聖ニコラエ教会」。
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敷地内には、1760年にルーマニア人のために初めて造られた最古の学校とか、ルーマニア語で印刷された様々な最初の本、最初の印刷機が展示されてるらしいんだけど・・・知らなかった。
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墓地の入口らしい。
ルーマニアは今でも土葬なんだって。
ヨーロッパでは土葬の国も、火葬の国も、その両方の国もあって、それは単にスペースの問題だとか・・・。
たしかに土葬の場合はスペースが必要になるもんね。
あ、タイは火葬して灰を海にまくのが普通みたいだよ。
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離れたところから聖ニコラエ教会を撮ろうと思ったら、手前にカラフルなゴミ箱を発見。
分別するようになってるけど、実際にはまだ曖昧らしい。
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昨日、転んで負傷した母は「体中が痛い」って言ってる。
本人なりに!?転ばないように、転んでも大怪我にならないようにっていろんな筋肉を使ったようだ。
クシャミをしても痛いらしく、「ふ・ふ・ふえぇ~~~くしょん」って情けない声を出してた。
ピーチャイみたいに骨折はしてないようだけど、体中が筋肉痛みたい。
すりむけて血が出てた右ひざが一番痛いらしいけどね。
で、「大丈夫か?」でもなく、「普段から早歩きをして筋肉をつけてれば転ぶことはないんだ!」と心無いことを言う父に母はご立腹。
母だって好きで転んだわけじゃないんだけどねぇ~、まったく・・・(-_-)
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by hiro428 | 2011-03-21 17:36 | '11 ブルガリア・ルーマニア


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